テレビを見ないとどうなるか? - 特に大きな影響はないかな?

私はテレビを見ない子どもだった。私の息子もそうだ。単に特殊な事例ではあるのだけれど、2例そろってるから、報告の資格はあるのではなかろうか。テレビを見なかったからといって、それで子どもが不幸になるわけではない。逆に優秀になるわけでもない。すこし変わった人生にはなるかもしれないが、たいしたことではない。

正確にいえば、私も息子も、まったくテレビを見なかったわけではない。私は小学3年生までは、当時の標準でふつうにテレビを見ていた。当時の標準というのも定めにくいのだが、1960年代に白黒テレビの普及が一段落し、カラーテレビがぼちぼちと普及をはじめた頃だ。番組でいえば鉄腕アトムウルトラマンが終わり、ウルトラセブンが終わって、タイガーマスクの放送が始まった頃だ。私はこういった番組をそれなりにしっかり見ていた。「それなりに」というのは、現代のようにスケジュール管理がしっかりしている時代じゃないし録画機能もないから、見逃し回はけっこうあった。そういう時代ならではの再放送もけっこうあったが、同じ回を2回見ることのほうが多く、うまい具合にそれで見逃し回が埋まるようなことはあまりなかったような気がする。

子ども向け番組以外については、クレイジーキャッツゲバゲバ90分とかドリフターズの8時だよ全員集合なんかは、子ども心にはおもしろいと思ったが、親がいまいち好きではなく、野球が始まるとすぐにチャンネル変更された。たぶん上方の笑いとツボがちがいすぎたんだろう。子どもとしては野球なんか興味がないから、いくらテレビがついていてもそれを見ることはない。結局、テレビを見るのは夕方のお子様アワーの1時間ぐらいというのがふつうだったように思う。それはどこの家庭でもそんなものだったのではなかろうか。

それが急変したのは、忘れもしないタイガーマスクの放送が始まってしばらくしてのことだった。小学4年生の初夏だったと思うから、まだ放送開始からいくらもたっていないころだろう。タイガーマスクの裏番組が何だったのかもう覚えていないが、とにかく私はタイガーマスクをひどく楽しみにしていた。ところが1歳上の兄が、別の番組を見たがった。その結果、兄弟喧嘩が始まり、茶の間はプロレスリングの様相を呈した。そこで母親がブチ切れた。
「あんたら、二人とも、以後、テレビは一切禁止!」
これは絶対だった。私も兄も、これを単なる脅しだと受け取ったのだが、翌日になっても翌々日になっても禁止は解けなかった。翌週のタイガーマスクを見ることができず、さらに翌々週とテレビがつけられない日が続いて、ついに私も兄も諦めた。母は本気だ。以後、私の生活からテレビは失われた。そこから現在に至るまで、テレビを習慣的に見る生活はついに私に戻ることはなかった。

 

それでなにか不都合があったか? なかった。よく「学校でテレビの話題についていけないでしょう」と言われるのだが、これは案外とそうでもなかった。いくつか要因があるだろうが、ひとつには私の中にそれまでの蓄積があったからだ。やがてウルトラマンが帰ってきて、タロウが出てきたりしたのだが、私はそれらの新しいウルトラマンシリーズを「幼稚だ」「お子様向けだ」と批判することができた。社会派のウルトラマン、メカが超絶素晴らしいウルトラセブンを踏まえれば、その批判もあながち(当時としては)的を外したものではなかっただろう。いや、新しいウルトラマンシリーズがそういう方向に進んでいることはどうやって知ったのだと思うかもしれないが、当時の小学生向け雑誌にはそういう情報はちゃんと載っていた。情報チャネルはテレビだけではない。また、私がもともと「変わった子」で通っていて、子どもたちの大きな輪の中にはもともと入っていなかったことも影響している。そんな私にも庇護するような兄貴肌の友人やなんでも許してくれる長い付き合いの友人はいた。そういう友達は、私がテレビを見ないのを知っていたから、最新の番組がどうなっているかを事細かに説明してくれた。テレビを見ていないからこそ、テレビの話題を真剣に聞くことができたわけだ。そして、テレビを見る機会は絶無というわけでもなく、親戚の家に行ったときとか友達の家にいる間に、チラチラと見ることはできた。ただ、番組ひとつをまるまる見ることはめったになかったと思う。私は奇妙な性格で、「せっかく友達が(あるいは従兄弟が)いるのにテレビなんか見ていられない」みたいな感覚をもっていた。近くにいる他者の存在に落ち着かないところは、いかにもスペクトラムな個性だ。なので、テレビは断片から情報を吸収するものとして私の中で位置づけられることになった。おもしろいことに、だからこそ断片的な場面が印象的で、番組全体は知らないのに、その場面についてやたらと語ることができたりもした。それも、テレビの話題で困らなかったひとつの要因だろう。

 

さて、息子の方だが、彼は最初からテレビに関しては疎遠な環境に育った。私は上記のようにテレビと無縁の人生を歩んでいたし、妻も常習的にテレビを見るひとではなかったからだ。妻の場合は、テレビを見ないというよりも、「バラエティなんか見るよりは自分の好みの映画をレンタルで見たい、好きなゲームをしていたい」という選好の結果としてテレビを習慣的に見なくてもOKになったという方がいいだろう。だから、私が日常的にテレビをつけないのに対して別段、おかしいとも思わなかったようだ。結果として、新婚家庭は「テレビは特別に見たい番組があるときだけつけるもの」というスタイルになった。息子はそこに生まれたわけで、「常にテレビがついている」家庭とはスタート時点でちがっていた。

ただ、彼も小さなうちは人並みにテレビは見ていた。それは放送を見ていたのではなく、録画の再生を見ていたわけだ。親としてもべつに自分たちが見るわけでもないバラエティやドラマを子どものために見せる理由はないわけで、といっていつでも小さなお子様向けの番組をやっているわけもないから、いきおいレンタルビデオ屋でアンパンマンやらディズニーやらジブリやらを借りてきて見せることになる。テレビの放映時間に自分たちの生活リズムを合わせる必要がないので、NHKのお子様向け番組でさえ、借りてきたビデオで見せることになる。だから息子はほとんどの子ども向け番組をリアルタイムでは見ていなかった。

小学校に入ったあたりからだろうか、いくつかの番組については、リアルタイムで見るようになった。それは学校に通う生活がどこの家庭にも同じような生活パターンを強いるからかもしれない。夕方に帰宅して、友達と遊び、夕食になってホッとする時間帯に小学生向けの番組が用意されている。子どもは早い時刻に寝床に追いやられるから、それまでの自由時間にテレビ視聴というのは、多くの家庭のパターンなのだろう。いくつかのアニメやドキュメンタリー番組が1週間の繰り返しのリズムに組み込まれ、息子はごくあたりまえのテレビ環境に育つことになった。もしもちがいがあるとすれば、親が大人向けのテレビ番組を見ないので、そういうものを目にすることがなかったことぐらいだろう。だが、いずれにせよ、小学校低学年の子どもはそういうものに興味を示さない。

その彼の平穏なテレビ生活に転機が訪れたのは、奇しくもやはり小学4年生のときだ。このとき、(まだあんまりシラフで語りたくはないのだけれど)夫婦間のなんやかやがあって、妻が出ていくことになった。私は単身、息子の面倒を見ることになったわけだけれど、たいした収入があるわけでなく、ほんと、カツカツで精一杯の毎日だった。出費は1円でも抑えたい。そんなときに、テレビの受信料が払えるか、という問題が発生する。ちょっと話題が逸れるのだが、テレビの受信料は奇妙な建付けになっていて、受信料は世帯単位で発生する。私はもともと独身時代にテレビを持っていなかったから、堂々と受信料は免れてきた。一方の妻は、独身時代もテレビを持ち続けてきている。結婚後、私は妻に寄生する形でテレビの視聴の権利をもっていたことになるが、妻が出ていくと、その権利も失うことになる。新たに受信料契約をするかどうかということになるわけだ。この金のないときに?

ということで、私はテレビの視聴の権利を失った。権利がないのだからと、インターネット越しのテレビ回線の契約を解除した(この地域では、その契約がないと番組受信ができない)。以後、テレビ受像機はあるけれど、それは受信不可能の単なる大画面モニタに成り下がった。NHKが来ても、「これは受像機の設置に当たらない」ことは確認済みだ。こうして日々の生活に苦しい中での余分な出費は免れたわけだが、迷惑を被ったのは小学4年生の息子だ。それまで楽しみにしていたテレビ番組を見れなくなった。

もちろん、事前に彼とも話していた。「テレビは映らなくなるけれど、キミが望むだけのビデオを借りてやる。それでええな」と。彼はこの交換条件に納得した。リアルタイムでなくても見ることができるのは幼児期に経験済みだし、それで何の問題もないと思ったわけだろう。

実際に彼がどうこの事態を受け止めたのかは、本人でないからわからない。けれど、いまの子どもは、テレビだけが話題の中心ではない。むしろ、ゲームだ。そして、ゲームに関しては、彼はWiiの利用券を持っていた。また、途中からはマイクラ使いになった。これらには当初は制限がかかっていたが、いつの間にかそれを破ってしまっていた。PCやスマホはそれぞれ他の多くの子どもよりははやい時期から(こちらの都合で)使うようになっていたし、そういう意味では「情報が遅い」ということで他の子どもたちに取り残されることもなかったのではなかろうか。

ただ、バラエティを見ないことで、最新流行のギャグやら流行のJ−Popなんかには疎くなる。だが、これに関しては、もう小学校低学年のあいだから、彼には落語という確固とした趣味があり、ビートルズというアイドルが存在した。落語のおかげで彼は常に自分自身がクラスの「おもしろいやつ」であり、ビートルズや(小学生時代にずっと在籍した)合唱団のおかげで音楽的にも充足していた。だから、最新流行に振り回されずにそれなりのプレゼンスを保つことができたのではないかと思う。

息子のテレビなし生活は、高校生のときに寮に入ることで終わりを迎えた。寮の食堂にはテレビがあって、夜の一時、寮生たちがそこで団欒する。忙しい学校だったのでダラダラ長時間見ていた様子はないが、そこで世間に追いついたのではなかろうか。そのあたりからこっちは、もう親の知らない世界だ。

 

テレビを見ないことで、いくらかの時間が生まれる。私も息子も、その時間を読書に当てた。私の場合はその読書はその後も長く私を支えてくれてきたが、息子はどうなのだろう。近頃はほとんど読んでいない様子だ。ただ、ネットの情報に触れるときに、それを批判的に取り込んでいく姿には、やっぱり読書で培われた素養が効いているのかなという気がする。だが、そこまでテレビ断ちの影響だと言ったら言いすぎかもしれない。結論としては、テレビを見ても見なくても、子どもの成長にはたいした影響はないのだということだ。少なくとも、この2つの事例からは、そういえるような気がする。

 

思った以上にまとまらなかった。ただ、雑多な思い出として、ここに残しておこう。