なぜ現金の一律無条件給付が望ましいのか

Covid-19というのかSARS-CoV-2というのか新型コロナウィルスというのか、ともかく現在渦中にある大流行への対策として、現金給付が取り沙汰されている。私は、全国民に対する無条件の頭割りの同一金額の給付が望ましいと思っているのだが、同時に、低所得者と所得が急減した人々に対する限定的な給付でも、その実施方法によってはあり得ると思っている。その理由を考えていて、どうやら世の中の人々は呉越同舟だということに気づいたので、それについて少し書いてみる。

まず、なんのための給付かという根本的なところで、実は既に世間の考え方が二分されているようだ。どっちかといえばかつかつの生活を続けてきた私のような人間は、より直接的だ。コロナ騒ぎで仕事が減れば、即、収入が減る。日銭に近い感覚で家計をまわしている自営業者だから、働かなければ収入がなくなるのは火を見るよりも明らかだ。もちろん、ある程度のバッファはあって、仕事がないときはバックヤードの整理的な雑用を片付ける、みたいなことはある。けれど、それはいつまでも続かない。直接の現金を生み出すのは受注する仕事であり、それが減れば遠からず生活がたちいかなくなる。今回の騒ぎでは、それが業種を問わずに多くの人々を直撃する。だからこそ、そこをつないでくれる現金給付が重要になる。

しかし、世の中、そんなふうに小銭を数えながら生活する人々だけではない。ちょっとやそっとでは潰れない企業に勤務する人もいれば、資産を運用することで生活している人々もいるだろう。彼らにとっても、コロナ騒ぎは決してありがたくない。企業決算が低下すれば収入は確実に減る。それはじりじりと彼らの生活を脅かすだろう。だが、目の前の現金がなくなることに対する恐怖は、低収入の人々のように直接的ではない。むしろ彼らが怖れるのは景気の悪化による業績低下だ。そして、景気の悪化とは要はお金の循環が滞ることである。お金の循環が滞るのであれば、そこにお金を注ぎ込めば(金の本質が天下のまわりものであることを思えば)やがてそこは回復する。つまり、人々がどんどんお金を使えるようにすればいいのである。そして、そのためには現金を配るのがいちばんだ。そうすれば景気は回復し、雇用も回復する。仕事を失って苦しんでいる人たちも、仕事ができるようになって生活が再建できるじゃないか、という理屈だ。

 

大局にたって物事を見るのであれば、なんだか後者のほうがずっと理性的に見える。「明日の食事に困るからとりあえず現金をくれ!」という叫びはなんだかあまりに本能的であり、衝動的であるようにさえ見える。そういう人々には「福祉政策はいろいろありますから」みたいに宥めたくなってしまうかもしれない。

けれど、私は、自分自身の経験上、金銭的な貧しさがどれほど人を苦しめるのかを知っている。収入が減って困るのは、金銭に余裕がある人々の比ではない。そして、余裕のなさは行動に制限を加える。「そんなときはこうすればいい、ああすればいい」というアドバイスは、困っている当事者には役に立たないことが多い。さまざまな制約で、たとえ制度が用意されていてもその恩恵を受けられない場合が多い。

だから私は、この困難な時期には、まずなによりも低所得者と、所得が急激に減少した人々を救うことが政策の要でなければならないと思う。そのスタンスを崩してはならないと思う。そしてそうであれば、本来、現金の給付を行うのであれば、そういった人々をターゲットにして、そういった人々にダイレクトに現金が届くようにすべきである。

 

ならば、無条件無差別の給付はちがうのではないか? そう思えるかもしれない。しかし、現実にはそうではない。多くの困窮者は、アクションを起こしにくい。申請すればもらえる金銭があったとしても、そのための行動を起こす情報が届いていない場合もあれば、心理的にそれを阻む要因が生じることもあれば、物理的に申請するだけの余裕がない場合もある。申請主義は実は最も支援を必要とする人々を取りこぼしてしまう。それを避けるには、一律の給付、極端な話、現金書留を全員に送るとか、個人番号とオンライン端末を活用して街頭に配布窓口を設けるとか、複数のチャネルで確実に末端まで行き渡るような無差別給付を実施するのが最も確実な手段となる。

もしもそんなことをしてしまったら、費用が膨大なものになるのではないかという懸念があるだろう。たとえば最も困窮している人々を社会全体から1割選んで給付するのに比べれば、全体に対する給付は10倍の資金を要する。それに耐える予算は準備できないのではないかという議論があるだろう。

だが、これには2つの異論がある。まず1つは、条件付きの公費支給には、相当な手間がかかるということだ。手間は費用そのものだ。私はかつて、ある補助金の申請受付業務をある外郭団体に勤務中に担当したことがあるが、わずか数万円の補助金の支給のために費やす手間を人件費換算したら、ほとんど支給額と同じくらいの費用を必要とした。そして、条件付きの支給にかかるコストは実はそれだけではなく、申請側にも相当なコストが発生している。そういった何一つ生み出さない書類仕事に失われる費用は、無条件無差別であればかなり軽減できるだろう。

そして、この公費支給も所得として課税対象に含めるように制度を設計すれば、バラマキのムダな部分はかなりの比率で回収できるだろう。本当に必要とする人々は、支給金を受け取っても低所得のままなので、多くは控除の対象になり、何一つ失わない。一方、本来は救済対象として適さない富裕層は、所得が増えるため、課税額が上昇する。最終的に、納税により、国庫に還流する(ただし、累進課税が適切に機能することがその条件ではあるが)。大量の現金供給は多少のインフレを発生させるだろうが、それによっても国家の税収は名目上は上昇するだろう。帳尻を合わせることは、それほど困難ではあるまい。

 

結局は、一律の無条件給付が、最も困っている人を最も効率的に救うベストの方法だと思う。しかし、もしもそれが不可能であるのなら、次善の策は、やはり困窮者に絞った救済策であろう。そして、もしもそれを実施するのであれば、厳格な審査なんかに時間と手間を費やすのは愚策となる。絞り込むのであればそう予算は抑えられるのだから、緊急事態に対する姿勢として、少々のムダには目をつぶるべきだろう。簡素な手続きで給付を受けられるようにすべきだ。そして、窓口担当者が裁量する余地のない、明確な支給基準を設けるべきだ。なぜなら、裁量は権力をうむ。そして、裁量者の恣意的な判断に必ずつながる。広範な支援策では、それは絶対的に避けなければならない。

理想としては、申請書に15分程度で記入でき、窓口で5、6箇所のチェックポイントを不備なく通過できれば、遅滞なくその場で現金が支給されるような制度が望ましい。そのぐらい敷居を下げないと、本当に困っている人は申請に現れない。それは十分に意識されるべきだと思う。

なぜいま9月新学期を検討すべきなのか

4月は学校新年度、というのはもう日本では明治以来常識であって、それを前提にした文化も定着している。入学式には桜の花吹雪だし(最近は温暖化と流行歌のせいで桜はすっかり卒業式に前倒しになったが)、教科書も春から始まる。たとえば小学校の理科では春に種子を播いて育てていくパターンが定着している。中学校の新入生が着る制服も、春先のまだ暑くなる前だからこそサマになったりもする。

世界を見渡せば、決してそうばかりではないことがわかる。よく知られているのは、アメリカやイギリスの新学期が9月だということだ。とはいいながら、日本だけが特別かというとそうでもない。シンガポールは1月、フィリピンは6月など、各国それぞれの事情に応じてそれぞれにちがう。欧米に9月が多いことからそれが世界標準のように錯覚してしまうが、決してそこまで標準化されているわけでもない(この辺を参考にした)。

だから、「世界が9月始まりなのだから日本が4月始まりなのはおかしい」みたいに論じるつもりはない。昨今は海外への進学も以前に比べれば増えているが、たとえば3月に卒業した高校生が9月に始まる海外の大学に行く場合でも、その半年に語学その他の準備がしっかりできるため、かえって好都合という側面だってある。年度の開始が異なることでなにか大きな不便が発生しているようには思えない。

けれど、そういうこととはまったく別な意味で、「やっぱり9月始まりのほうが子どもたちにとってはいいんじゃなかなあ」と思うこともたまにある。そして、今回のコロナ騒ぎだ。今年度の特殊事情として、特に東京都内では、公立学校の4月スタートが困難になった。だとしたら、これを機会に全国一律に学校のスタートを9月にしたらいいんじゃないか、と思いついた。予算で動く行政がそれほど柔軟に対応できるとも思えないので空論になる可能性は高いけれど、ひとつのアイデアとして提起しておこうかと思う。

 

まず、今回、4月の学校スタートを見送ったことに関しては、どこか「もうちょっと別の方法があったんじゃないかなあ」という思いもありながら、あえてそれに反対する気持ちにもなれない。最終的に(インフルエンザと人類がとりあえず共存しているように)Covid-19と人類は少なくとも一時的には何らかの形で共存していかなければならないのだろうが、その前提として、まずは少しでも感染拡大のスピードを抑制しなければならない。そのための社会的な方法のひとつとして外出禁止や学校閉鎖はあり得るのだろう。もちろん、それがベストかどうかはわからない。専門家の立場からなら、もっと別の方法がよりよいとわかるのかもしれないし、あるいは学校閉鎖がかえってマイナスであるというような知見さえあるかもしれない。しかし、歴史的な過程は、検証が困難だ。仮説と検証という科学的な手法に馴染みにくい。その中でも現代の民主主義制度はできるだけ科学的な手法で政策を決定するように求めているわけだけれど、やっぱり現在の人間の実力では、ある程度「えい、や!」で政策を決めなければならないのもやむを得ない。だから「もうちょっと別の方法があったんじゃないかなあ」と思いながらも、「そういうふうに決めてそういうふうに対処していこうっていうんなら、ま、やってみないといけないんだろうな」と受け入れるところは、私にはある。多くの人もそうではなかろうか。

その上で、「5月の連休明けから再開」としたのは、マズいと思う。なぜそうしたのかは、学校の立場にたってみれば明確だ。連休明けまでは1ヶ月だ。1ヶ月の学業の遅れは、夏休みを短縮すれば辻褄を合わせることができる。言葉を替えれば、1ヶ月以上始業を遅らせた場合、正規の教育課程を実施するには時間が足りなくなる。仮に(学校の運営上はほぼ不可能だろうけれど)夏休みや冬休みを完全になくすつもりなら、2ヶ月まではなんとかなるかもしれない。それ以上になると、1日あたりの授業時間数を増やすか土曜日を出席にするか、相当な工夫をしない限りは規定時間に達しない。そこまでして時間数にこだわる必要もないだろうと家庭教師の立場からは思うのだけれど、おそらく文部科学省的にはそうはいかないだろう。だから、「5月の連休明けから再開」は、ある意味、学校運営上のギリギリの線だと思う。しかし、それで本当に意味があるのだろうか。

今回の流行の推移を見ていると、4月初頭の時点で、まだまだ増加のカーブは傾きを増しつつある。そして、Covid-19の特徴として、インフルエンザなんかに比べると潜伏期間も長いし、発症期間も長いことがある。感染力が保持される期間が長いし、発症しない感染者の存在など、いろんな側面で潜伏しやすい。そうすると、仮にこの時点で感染拡大が抑制されるベストのシナリオが実現したとしても、この先1ヶ月は実は危険性は現状とほぼ変わらないかより大きいと予測できるのではなかろうか。そうすると、「5月の連休明けから通常通りに再開」というのは、あまりにも現実離れした構想に見えてくる。

なぜその現実離れした予定を組まねばならないかといえば、それは感染が広まっていない地域の学校が通常通りに始まるからだ。もしも感染拡大が大都市部だけの現象で抑え込むことができるなら、地方の学校は通常通りに年度が進行する。進学・進級のことを考えれば、最低でも年度内には足並みをそろえる必要がある。となれば、上述のようにどんなに遅らせても1ヶ月、最悪でも2ヶ月以内にはスタートさせねばならない。

しかし、それでいいのだろうか。いまこの感染症に対してできることは(本当は病原体の根絶が望ましいにせよ)、当面は感染速度の抑制である。ということは、1ヶ月後、2ヶ月後にはさらに感染が拡大している(ただし爆発的な感染はなんとか抑え込めている)というのが、楽観的に見てももっともありそうな未来だろう。そんなときに、「教育課程の要請上、学校を再開します」というのが受け入れられるだろうか。世論はそれに賛成するだろうか。そしてもしも世論の賛同が得られず、再開ができなければ、そのときに生徒たちが受ける被害はどのようにして償えるのだろうか?

 

大都市圏の学校を閉鎖するのであれば、むしろ、全国一律に学校のスタートを遅らせたほうがいい。そうすれば、他地域と足並みをそろえるために無理をする必要がなくなる。そうはいいながら、子どもたちへの教育をいつまでも放置するわけにはいかない。だから、私は、この際、全国一律に学校新年度のスタートを9月にすればいいと思うのだ。

9月になれば状況はよくなっている、という保証はない。それは5月の連休明けに状況がよくなっているはずはないというのと同じように、確かなことだ。けれど、9月に延ばすことは、「1ヶ月始業を遅らせる」こと以上にメリットが大きい。なぜなら、その期間に、新たな授業方法の検討が可能になるからだ。

5月スタートにする場合、授業はほぼ現状と同じだろう。単純に時期を遅らせるだけだ。特に、他地域で既に従来型の授業が進んでいる以上、大都市圏だけ別種の形態の授業を行うということは、横並びを旨とする教育行政の中ではほとんど想定できないだろう(本当は、学習指導要領を尊重する限りは授業形態なんて学校ごとに異なっていてもまったく問題はないのだけれど)。けれど、全国一律に9月から仕切り直しということになれば、全国一斉に、新しい状況に対応した授業形態をとることができる。具体的には斉一講義式の授業の見直しであり、通信機器を利用した遠隔授業の導入である。生徒全員が黒板に向かって並び、教師が一方的に講義する形式が時代遅れであることがいわれるようになって久しいが、それを大きく変えることができていない。授業への電子機器の導入も、必要性をいわれながら効果的な形態はなかなか実現していない。しかし、密集・密閉・密接を避ける授業スタイルを模索すれば、当然、こういったところから新たな授業形態が構想できるはずだ。

たとえば、定型的な講義に関しては、もうビデオでも見てもらえばいい。視聴するための場所は、どこでもいいだろう。自宅であっても、学校のどこかであってもかまわない。少なくとも教室の密集を避けることは容易だろう。一方、特に小中学校では、定型的な講義なんかでは伝えられないことのほうが多い。そういう部分は、少人数の集団で学習をする。現在の在り方だとそれを実施するには教師の数が足りないが、もしも動画の視聴を組み込めばその時間は教師の手が空くので、結果的に教師の人手不足が解消する。クラスの半数が動画を見ている時間に、残りの半数をさらに2〜3グループに割り、その少集団の学習活動に対して教師が巡回して介入するといった方式なら、現在の教師のスキルで十分に対応できるだろう。

もちろん、もっといい方法も考えられるはずだ。教育現場にはさまざまな知恵が蓄積していることだろう。それをこういうときこそ現実に応用すべきなのだ。そして、重要なのは、それをスタンダードとして実施することであり、そのためには全国的な実施と、そして十分な準備期間が必要になる。それは、5月連休明けのスタートでは無理だろう。しかし、9月スタートならできる。

 

何よりも重要なのは、時間という戦力を逐次消耗しないことだ。学校の開始を少しずつ先延べをしてくのは、たしかに先が見えない現状では仕方ないのかもしれない。けれど、それは単純に時間を失っているだけだ。そうではなく、思い切って建て直しのために十分な時間を確保し、その時間でもって次の一手を十分に検討し、そして実施の態勢を整えることだ。そのためには、5月ではなく、全国一斉の9月がいい。そして、9月スタートにすれば、当然そこから1年かかるわけで、以後の学年も4月スタートに戻すわけにはいかなくなる。つまり、制度として、9月の学校年度開始に変更が必要になる。そのぐらいの思い切ったことをしないと、ジリ貧に陥るだけではないだろうか。

 

もちろん、学校には教育機能以外のさまざまな機能が、好むと好まざるとにかかわらず負わされている。授業のことだけを考えていいわけはない。特に、明示的にいわれることが少ないにもかかわらず、実は社会的に学校が果たしてる役割として最も重要なのはその託児機能、居場所としての機能だ。

mazmot.hatenablog.com

全国一斉に9月まで学校がないとなったら、多くの親はパンクするだろう。私だって、もしも息子が小学生の時にそんなことを言われたら、絶望してしまっと思う。だから、学校、開けられるところは開ければいいと思う。感染が拡大していない地域では、ふつうに学校を開くことができるだろう。ただし、そこでは授業はやらなくていい。少なくとも、教科学習はやらなくていい。もしも教師に力があれば、教科にとらわれない学習を進めることができる。そして、それはこの困難な時期を経験する子どもたちにとって、この上ない贈り物になるはずだ。

教師の側にだって、カリキュラムにとらわれずに子どもたちを思いっきりのばしてやりたいという望みがある。ふだんはできないそういうことを、この数ヶ月の間に実践すれば、それは貴重な経験として後世に残るのではないだろうか。そういうことをやってみたい教師は少なくないはずだ。

 

はずだ、と思いたいのだけれどなあ…

翻訳者は裏切り者

はるか昔、英語の翻訳を学んでいたとき、「翻訳者は裏切り者」( translator is a traitor)という言葉を教えてもらった。元はイタリア語だということで、半分は音が似た単語を並べた言葉遊び(traduttore, traditore)とのことでもあるけれど、現実にそんな愚痴をこぼさざるを得なかった政治家もいたようだ。ちなみに、traitorは国家に対する裏切り者、つまりは「売国奴」を指す言葉でもある。翻訳による誤解のせいで国家的な損失が発生した例は、歴史の中にいくらでも見つかるはずだ。翻訳者を恨む気持ちもわからなくもない。「オマエのせいでこうなった。売国奴め!」と言いたくもなるだろう。

翻訳者の側から言わせてもらえば、それは翻訳者の責任ではない。あるいは、翻訳とは本質的にそういうものなのだ。多くの場合、言葉(単語、あるいは文、文章)は、ある程度の幅を持った意味を伝える。それはもう、どんな言葉でも大なり小なりそうなのだけれど、たとえば「水」という名詞ひとつとってもそれがわかるだろう。英語に訳せば「water」以外の単語は考えられないのだが、日本語の「水に流す」にあるような浄めのイメージは「water」にはない。その一方で、「海、湖」のような日本語の「水」にはないイメージを「water」は持っていたりする。日本語ではっきりと「水」と区別される「湯」も、英語では「water」のうちだ。

文のレベルでも、たとえば「日本語の否定は英語のnoではない」と、よく指摘される。私のもう一つの商売である家庭教師で国語を教えていたら、教材に引用された森本哲郎の『日本語 表と裏』にそんなことが書いてあった。日本人の否定は完全否定ではなく、含みをもたせた否定なのだそうだ。だとしたら、これを英文で「no」と訳してしまえば日本語の含意の一部を削除してしまったことになる。多くの場合はそれで構わないが、それで話が通じなくなる場合には翻訳者はあえて「no」を使わない選択をするかもしれない。しかし、どちらを選んでも「裏切り者」になるジレンマを抱え込む。noと訳せば含意を伝えられないし、noを選ばなければ形式上の意味を伝えられない。別の手段を選べば、原文にない含意を抱え込むことになる。やっかいだ。

それを前提に、それでもなお、翻訳者は仕事をする。それは、翻訳がなければどうしても動かないものが世の中にあるからだ。売国奴、裏切り者と罵られ、誤訳と嘲笑されることをあえて引き受けながら、「それでも自分はこう解釈する」と言い切ることが業務なのだ。100%の完全な翻訳が存在しないのを承知で、少しでもそれに近づけようと努力することが翻訳者の存在意義であると言ってもいいのかもしれない。

 

そういう因果な行いを生業にしてしまうと、「これはどう訳したらいいんだろう?」と、折につけて思うことになる。たとえば、最近ではこんなニュースに接したときだ。

times.abema.tv

「人類がコロナウイルスに打ち勝つ証として」東京五輪開催について安倍総理 | AbemaTIMES

いったい、「人類がコロナウイルスに打ち勝つ証として、東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」は、どう訳せばいいのだろう? もちろん、直訳することに困難はない。

We will hold the Tokyo Olympic/Paralympic in their complete form to prove human society can overcome the coronavirus.

ぐらいだろう。だが、翻訳者としてこれを納品できるか、となると、二の足を踏まざるを得ない。なぜなら、論理が通ってないからだ。論理の通らない英文は、少なくともこのような論理が重視される文脈においては、誤訳とみなされるだろう。

どういうことか。この文では、まずは「東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」ことが既定の事実(もちろん未来形なので実現していないが、既定路線)として述べられている。そして、その事実があれば、「人類がコロナウイルスに打ち勝つ」ことが「証」になるという順序で訳されている。そうか? それは正しいか? むしろ逆だろう。ウィルスが蔓延するなかで死者をバタバタと出しながら無理やり開催しても、「コロナウィルスに打ち勝った」ことにはならない。そうではなく、もしも「人類がコロナウイルスに打ち勝つ」ことができたならば、「東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」ことがその「証」になり得るのだろう。だから、論理の命ずるままにこれを推敲すると、次のようになる。

If human society can overcome the coronavirus, we will hold the Tokyo Olympic/Paralympic in their complete form to prove that. 

しかし、これでは、原文日本語の意味がまったく逆になる。「オリンピックの開催にはコロナウィルスの克服が条件だ」ということになって、現状を公平な目で見る限りは「中止だ! 中止!」ということになるだろう。

では、原文を日本人として読んだ場合、どのような含意が見えてくるのだろうか。「人類がコロナウイルスに打ち勝つ証として、東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」は、つまり、「オリ・パラ開催に対して強い意志を示した決意表明」と受け止めるのが日本人としての感性だろう。実際にできるかどうかはともかく、「不退転の決意」、あるいは「玉砕覚悟」の「特攻隊精神」で「やる」というわけだ。そして、論理的に考えたらそのためにはそれ以前にコロナウィルスにかたをつけておくことが必要となるわけだから、もちろんそれも「やる」という順序で、結局は、「東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現するためには何でもやるので、とにかく人類がコロナウイルスに打ち勝つことができる証拠をどこかで見つけましょうよ」ぐらいが、文の見かけにかかわらず、真意であるとも言えるだろう。

実際のところ、このビデオ会談の模様を伝えた英語メディアでは、

Japan’s Abe told the leaders that he was hopeful his country would be able to proceed with the 2020 Summer Olympics, and Trump wished him luck and said he has the support of the rest of the G7, Kudlow said.

www.bloombergquint.com

ということになっている。あくまで仮定法を使って、「オリンピックに向けて準備を進めることができたらいいと望んでいる」と、「オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」みたいな断定ではない形で伝えている。おそらくこのほうが日本語の表面的な言葉の裏にある含意を正しく受け取っているのだろう。そして、英語の論理からいって、そのような仮定であれば文として違和感はない。

We would like to hold the Tokyo Olympic/Paralympic in their complete form to prove human society can overcome the coronavirus.

 

東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現し、人類がコロナウイルスに打ち勝つ証を示せたらと願います。

問題は、「では、公式な翻訳はどうだったんだろう?」ということだ。日本国内向けの発表「人類がコロナウイルスに打ち勝つ証として、東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」は、形式上、まずはオリンピック開催が前提で、その他の条件は、病禍根絶を含めてその予定に合わせて進行させる、という、まるで大本営発表のような独善的なものである。もしもそれを会議で「だったらいいよね」という願望として訳出したとしたらどうだろう? それに対して、「まあ、そりゃそうなったらええよな」、「日本がそこまで頑張るんやったら応援するよ」と各国首脳が理解を示したのを、「人類がコロナウイルスに打ち勝つ証として、東京オリンピックパラリンピックを完全な形で実現する」というバカげた論理に対して世界が賛同したみたいに公言するのは、どうなんだろう?

確かに、翻訳者は裏切り者かもしれない。けれど、この場合、二枚舌を使っているのは翻訳者なのだろうか? それとも別の人物なのだろうか?

 

ま、実際には翻訳者じゃなくて通訳者なんだけどね、こういう会議で活躍するのは。あの人たちには、頭が上がらんよ。

フリーランスという生き方と会社と - 遠い予告編

正社員的な雇用をされていた人が独立して自営業として、あるいは事業を立ち上げて、同じ業務に携わるのは、珍しいことではない。私の周辺のごく狭い世界でも、たとえば去年、家庭教師の会社の営業をしていた若い人が独立して営業専門の会社を立ち上げた。若いころ私が修行させてもらった編集プロダクションはほぼ社長一人の個人営業に毛の生えたような(それでも一応は株式)会社で、社長は当時業界トップから転落したばかりの学参出版社の部長職から飛び出しての起業だった。その会社の周辺には、同じように会社からはじき出された編集者や営業がフリーランスとして数多くいた。社長の話によると1970年代なかばに出版不況があり、そのときに潰れたり人員整理をした会社がけっこうあって、そこから十年後の当時の出版業界は人材がだぶつき気味だったのだそうだ。フリーランスとして古巣の仕事を請け負う人々が数多くいて、それが出版業を支えるようになっていた。そういうことも知らずに業界底辺である編集プロダクションにアルバイトとして飛び込んでいった私もずいぶんいい加減なものだが、やがてそこで正式に雇ってもらえることになり、そこでの仕事が後の私の人生を左右することになった。ほんっと、わからないものだ。

だから私はこの非正規雇用の時代になるずっと前から非正規雇用の世界で生きてきたことになる。ここまでの生涯を通じてみると、その編集プロダクションで正規雇用になってからの3年を含め、会社に保険を払ってもらって雇われていた年数は合計6年にすぎない。あるいは、それに自分で会社をつくってそこに在籍した5年を加えても、わずか11年ばかりに過ぎない。それ以外は、すべて自営業として過ごしてきた。フリーランスという言葉が定着する以前にはプータローとかフリーターと呼ばれたときもあったし、「自由業」みたいな言葉で呼ばれたときもあった。他人がなんと呼ぼうが大きな括りでいえば「自営」になるわけで、私は基本的にずっとそれで通してきた。15年前からは屋号もできて、青色申告もしている(その前は白色だった)。フリーランスとしての生き方には、それなりに心得がある。そのいいところもわるいところも知っている。

その上で私は、どちらかといえば会社員的な生き方よりもフリーランス的な生き方の方に共感する。会社にぶら下がって生きる人生が多くの不幸の原因であるとさえ思うこともある。駆け出しの頃はそうは思わなかった。二十代の頃には、まともな会社でまともな給料で雇われることができなかった自分をひどく惨めに感じていた。自分自身がそれを選んだのだということがよくわかっていたのに、なぜ自分がそうしたのかをどうにも理解できなかった。

それが三十代になって、自分自身の非正規な生き方を振り返って、発想が180度逆転した。実はフリーランス的な生き方こそが正しいのではないかと思うようになった。そして、その発想をベースに、小さな会社をつくった。当時はまだ有限会社というものが存在したので、登記が簡便なそちらを選んだ。そして通算で6人の若い人を雇用し、5年間、経営を続けた。その5年で私は多くのことを学び、世の中そんな単純なものではないのだということを痛感させられた。

 

なんでこんな昔話を書いたかというと、こんな記事

cybozushiki.cybozu.co.jp

につけたブコメ

タニタ公式Twitter「中の人」、退職していきなり個人事業主になって不安じゃないですか? | サイボウズ式

会社つくった25年ほど前に、こういうこと考えてた。会社員みたいな生き方はおかしいから全部フリーランスになるべきで、そういう人々を生み出す会社をつくりたいと。やってみて、自分の誤りに気がついた。長い話だよ

2020/02/05 12:13

b.hatena.ne.jp

に思わぬ星がついてしまったからだ。だれも読まないだろうと思って書いた個人的な感慨に、注目する人がそれなりにいたようだ。そして、id:micromillion さんからはidコールまで頂いた。自分一人で納得しているわけにもいかなくなってしまった。この短い100字のコメントでは、何が言いたいのだかわからないだろう。もうちょっとだけでも、わかるように書かねばならない。

ただ、これはほんと、長い長い話になる。私の人生の中でも最もややこしい時代のことであり、その説明をはじめるとどこまでも話が広がっていくことになるからだ。

 

自分の人生に関しては、これまでも自伝的なエッセイをいくつか書いてきた。いずれも書籍にするつもりで書いたものだから、かなり長い。ひとつはなぜ自分が翻訳者になれたのかを書いたもので、これははるか昔、有料メールマガジンというものが存在したときにそこで販売した。もうひとつはある健康食品系のベンチャー企業に在籍した2年間のことを書いたもので、これはその会社との守秘義務にも触れるから私家版として10冊だけ制作してごく限られた人々にだけ読んでもらった。さらに、十年ほど前にある出版社との間で料理に関するエッセイを書く話が持ち上がり、いろいろと悩んだ挙げ句に自分自身の半生を追いかけながら料理のエピソードを盛り込んでいくという形で1冊書き上げた。ただし、これは出来がよくなかったらしく、ボツ原稿となってしまった。これも、(冊子の形にはしなかったが)何人かの人には読んでもらっている。

これらの3冊で私の生涯はほぼ網羅できると思ってきた。私が死んだあと、子孫のなかに私のことを知りたい人が現れたとしても、この3冊を残しておけばだいたいのことはわかってもらえるだろうと思ってきた。けれど、実はこの3冊で触れなかったことがある。それは、自分がつくり、そして手放してしまった小さな会社のことだ。このことは、どの本でもほとんど触れていない。

そのぐらい、私にとっては書きにくいことなのだ。だが、いつかは書かねばならないと思ってきた。書かなければいけないと思いながら、先延ばしにしてきた。

ひとつには、自分にとって失敗を見つめることが辛いことだからでもある。自分の愚行だけなら、いくらでも振り返ることができる。恥ずかしいと思いながらでも、人に言うことだってできる。だが、自らの愚かさが人を傷つけてしまったことについては、やはり忸怩たる思いが抜けない。できれば触りたくないと思ってしまう。また、会社というパブリックな存在のなかで、私が書いてしまうことで差し障りを感じる人もいるかもしれない。それが筆を鈍らせる。

けれど、書かねばならない。なぜなら、会社をつくった当初より、それを実験であると私が位置づけていたからだ。レポートのない実験はありえないだろう。それは実験でも何でもなく、ただの遊びに過ぎない。そして、もしもそれが私の単なる遊びだったとしたら、それによって人生を狂わされた人々になお泥をかけるようなものではないか。

 

だから、これを機会に、自分が為そうとしたこと、為したこと、そして為し得なかったこと、そこから学んだことを書こうと思う。ただし、それはもう長い長い話になる。このブログの枠に収まるかどうかもわからない。だからとりあえず、できるだけ近いうちに執筆にかかる。そして、何ヶ月かかるかわからないけれど、うまくまとまったら、それをどこかで読めるようにする。それを約束してしまおう。そうしなければ私はいつまでたっても始めないだろうから。

だから、これは予告編だ。乞うご期待、とは言えない。以前のエッセイがボツになったことからわかるように、私の書くものはごく一部の人にしか評価されない。多くの人から見れば退屈極まりないものにしかならないだろう。それでもよければ、その節はよろしく、程度しか言えない。

なんともシマリのない予告編になってしまった。まあ、それがふさわしい程度のものなのかもしれない。いつになったら書き上げられるかなあ…

なぜ27万円のAtomマシンが問題なのか

渋谷区が小中学生向けに導入を決めたタブレットのコストが1人あたり27万円に上ることが話題になっている。これが高いのか安いのか、それは考えかたによるだろう。だが、問題はそこではない。

www.excite.co.jp

note.com

 

ざっくり言ってしまえば、区が要求した仕様に準拠して考えるなら、27万円は別に高くもないと思う。教育にお金をかけてくれるのはけっこうなことだし、コンピュータの教育現場への導入はそれでなくても遅れているのだから、どんどんやってくれたらいい。

ただ、その導入に当たって、いったいタブレットスマートフォンを含む電子計算機器を生徒にパーソナルなものとして準備することで、教育はなにを達成したいのか、そこまで立ち戻って考えてみると、「やっぱりこれはおかしい、そんなにお金をかけても得られる効果なんてゼロに等しいだろう」としか思えない。そこまでの議論をしなければ、これが本当に高いのか安いのか、その判定はできないはずだ。

 

この仕様を見て気づくのは、教育現場はタブレットを通信端末としてしか捉えていないというミもフタもない事実だ。これは、タブレットがどのように運用されるのかを想像してみればすぐにわかる。たとえばそれは、教室で資料集のような副教材の代用として使われるだろう。その場合、通信環境が不安定では困るのでLTEがあるのは有効だ。その一方で、描画性能が劣っていれば資料の表示に手間取ってスムーズな学習ができない。幸いに、Atomのようなモバイル端末を想定したCPUはそのあたりはきっちり対応できる。その一方でAtomには強力な演算機能はないが、資料の表示のような用途であればそれは必要ない。

あるいは、教室内にとどまらないオンライン学習だ。それもまた、通信機能が重要であるのでLTEは重宝する。オンライン学習においてはサーバー側の整備が何より必要となるので、その契約も必要になる。また、教室外での使用を考えれば、セキュリティやサポートにあらかじめコストをかけておく必要もあるだろう。

このように、現状の学校のシステムの中にコンピュータを組み込むことだけを考えるなら、渋谷区の出した要求仕様はなるほどとなるし、それに対する積算もこんなものなのかもしれない。けれど、それは本当に教育に資するものなのだろうか。

 

コンピュータは、人間の可能性を大きく広げるものだと私は思う。それは子どもたちにとっても同じことだ。マシンパワーは人間の力を助けるものでなければならない。それを私はいままでの人生で痛感してきた。現代人であればほとんどがそうだと思う。なぜなら、コンピュータ以前の世代の人々は、どんどん一線から退きつつある。そんな時代だからだ。

昔話をしよう。40年近く前、私が初めてワープロ専用機を買ったとき、それまで手書きで文字を書き進めることに苦痛を覚えていた私の能力が開放された。だから私は、そこから半年で1冊の英語の本を日本語に翻訳するチャレンジを自分に課し、そのゴールに到達することができた。もしもワープロの裏側で動いていた電子計算機の助けがなければ、私は後に翻訳者として稼ぐことができなかったはずだ。

そのころ私が勤めていた編集プロダクションの社長は大正生まれのベテラン編集者だった。校正で朱を入れながらよく、「目の前で版下をつくれたらどれほどラクだろうね」と言っていたものだ。当時、ゲラに赤を入れたら、そこから修正があがってくるまで、2週間ぐらいは平気で待たされたものだ。そこから十数年、MacDTPを操作しながら、私は社長の夢が自分の手の先で実現しているのを実感しないわけにいかなかった。ゲラはデータになり、データは自分自身で修正が可能だった。

子どもの頃、私は自転車を漕ぎながら、頭の中に次から次へと流れてくるメロディに恍惚としていたものだ。やがてギターを弾けるようになっても、それは再現できなかった。ところがある日、バンド仲間がYAMAHAのキーボードを買った。シーケンサーがオマケのようについている。音符の読めない私でも、ステップ譜を工夫すればすぐにそれは扱えた。ほんの数時間格闘するだけで、それまで頭の中から出ることがなかった音楽がキーボードから流れ出した。後にMacユーザーになったときにフリーソフトDTMができることに気がついた私は、もちろんそれに飛びつかないわけがなかった。

これらはすべて、インターネットへの常時接続が常識になる以前の話である。ワープロシーケンサーのような専用機の時代はもちろんインターネット普及以前の話だし、DTP黎明期でもメールはあっても通信速度は遅く、データをWeb越しにやり取りするなんてありえなかった。だから、現代では「情報通信技術」としてひと括りにされているICTだが、私はまずなによりも、その演算処理能力の凄さを実感するのだ。たしかにその後のWebは時代を変えた。通信による情報のやり取りこそがコンピューティングの本質であると、部分的には言い切ってかまわない。それでも、人間を解き放ってきたのはその演算能力であり、それを活用するためのプログラミングであって、それを個人レベルで使えるようにしてくれたことこそ、人類の発展であると思う。

これは、なにも昔話に限らない。たとえば超小型電算装置であるスマホでは、むかし職人技であったフォトショップのレタッチが一瞬でできる。(そういうレタッチがいいことかどうかはさておき)、それを使って若い人たちが自由自在に自己表現している姿は、正直、羨ましいなと思う。高校生の息子は中学の頃から3Dモデリングを独学で習得し、学校で造形の作品のノミを入れる前に必ず3Dモデルをつくっている。かつてはプロフェッショナルにだけ許されたそういう手法を支えるだけの処理能力が、ごく安価で手に入るようになっている。

 

コンピュータは、そんなふうに次々と限界を突破し、地平を切り開いていくものであったほしい。それは最先端の人々にだけ当てはまるのではなく、すべてのユーザーに当てはまる。かつてアラン・ケイが夢見たように、広く普及するコンピュータは、あらゆる場面で人を助ける。ごく小さなことでも、それは実感できる。

たとえば、電卓レベルの演算処理能力でさえ、大きなちがいをもたらすことができる。中学校で学習する平方根の概念は、概念としてはそれほど難しいことではないのだが、体感的になかなかつかみにくい。2の平方根が1.41421456...となることなんかは、特に「なんでそうなるの?」という疑問を生じさせる。そして、それはなかなか説明しにくい。ところが、電卓を持ち出して1.5の2乗が2を超えること、1.4の2乗が2に満たないことを示し、次に1.45の2乗、1.43の2乗、1.42の2乗、1.41の2乗と次々に計算してみせれば、2の平方根が1.41と1.42の間にあることを簡単に納得できる。そして、それを繰り返していけば、「どこまでも続く小数」としての無理数を体感的につかませることができる。

そして、関数とグラフの関係をつかませるには、関数を描画させるソフトを与えるのがいちばんだ。数式を入れればそれに相応するグラフが表示されるソフトで遊ばせれば、どんな教材よりも関数に対する理解が深まる。いまではWebサービスでいいのがあるから、そういうのを与えればいい。

作文を書くことが苦手な生徒には、実際に作文をテキスト化してスクリーンに表示し、段落の組み換えや表現の変更がどんな効果をもたらすのかを目の前で示してやるのが効果的だ。そういった推敲のしかたを身につければ、ごく短時間で生徒の文章作成能力はあがっていく。

こういった用途には、端末の処理能力はたいしていらない。けれど、子どもたちはそこからどんどん踏み出していける。踏み出してこその進歩だ。そして、そのときには、CPUのパワー不足は大きな足かせになるだろう。

 

ただし、もしも現状の学校に現状のスタイルのまま電子計算機端末を持ち込むのであれば、残念ながらそんな心配は不要になる。なぜなら、生徒が自分の限界を打ち破るためにコンピューティングパワーを活用するような局面は、そこにありえないからだ。というよりも、そんなことをされたら教師は困る。教師を困らせるようなことは当然ながら禁止される。教師が困らないような活用法といえば、それは決まりきった教材を表示し、そこに教師が期待する解答を入力していく通信端末としての用途でしかない。そして、そこにはたいして処理能力は要求されない。むしろ、そこのコストを下げてでも、セキュリティや堅牢性、トラブルシューティングにリソースを割いたほうがいいということになる。

なぜ、そんな愚かなことをするのだろうと、私は悲しくなる。多くのオンライン教材は、たしかに優れたところもある(私も実際に生徒に勧めたりもする)。けれど、基本的にあれは従来型の印刷物の教材の枠組みを出るものではない。教える側の教えたい情報が提示され、生徒はそれを丸呑みにする。そういうことが「勉強」であると思い込まされた人々が学校社会を形作っている。

それで、未来が開けるだろうか? そういった上意下達型の教育はもう何十年も前に時代遅れになっているのではないだろうか。だが、そういった教育を最も効率良く行えるように袋小路に進化してしまった学校システムは、それを変えることができない。教室型で講義するスタイルで、生徒の創造性を解き放つことなど出来はしない。したがって、Atomで十分だ。

だから、27万円が問題だというなら、まず、学校を変えようよ。指導要領変えなくったって(というか、むしろ現行指導要領の内容をベストに実現するために)、学校のシステムを変えることはできる。現実にそういう試みも、点状にではあるけれども存在する。ここを打ち破らなければ、明日はないよ。

ブログタイトル変更しました

ブログのタイトルを「シアワセの容相」から、「天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて」に変更した。何かきっかけがあったわけではない。ただ、そろそろ変更してもいいのかなという気がしてきた。それだけのことだ。

もともと、「シアワセの容相」というタイトルは、自分にそぐわないものだった。それを承知で、というよりも、それだからこそ、わざわざ選んだ。カタカナで書く「シアワセ」も、「容相」みたいなもってまわった漢語も、どちらも私はめったに使わない。自分のボキャブラリーにはない言葉だ。

それをわざわざ選んだのは、このブログをこれまで自分が書いてきた他のブログとは全く別なものにしたかったからだ。自分自身の世界を広げたかったと言っていいかもしれない。そして、それがどんな方向に広がっていくのか、予想ができなかった。むしろ、予想ができないのがおもしろいと感じた。そんなときに、自分の持ち合わせた語彙の中からタイトルをつけることは、それまでの世界に引き返すような気がした。安全な逃げ場に閉じこもるような気がした。自分にしっくりくるタイトルは、そのしっくりくるぶんだけ、それまでの自分から踏み出せないような気がした。

だから、あえて、ちょっと気持ちわるいようなタイトルをつけてみた。そのおかげか、あるいはそれとは全く関係ないことだったのかはわからないが、たしかにこのブログ、それまで自分があちこちに書いてきたこととは全く別な世界になっていった。教育の話を真正面から書いたことも、政治に触れることも、それまではなかった。新しいことをやってみるのに、借りてきた着物のようなタイトルは、それなりにふさわしかったのかもしれない。

 

けれど、いくらか続けるうちに、このブログにはこのブログなりのスタイルができてきた。そうなってみると、やっぱり「シアワセの容相」は自分の言葉じゃない。このブログにふさわしいなにか新しいタイトルがないかなあと思ったとき、ふと、最近別枠ではじめたブログのタイトルが目についた。そっちはまだ始めたばかりで、自分以外のアクセスはほとんどない。そのタイトルをこっちにいいただいても何の不都合もあるまいと、タイトルをそのままもってくることにした。それが「天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて」だ。

このタイトルにも、深い意味はない。現世はつまりは天国と地獄の間なのだから、「天国と地獄の間にて」は、「現実の話ですよ」という以上の意味はない。それを少しだけ「地獄寄り」に振ったのだけれど、これはまあ、いま私が見ている現実が、ニュートラルなところから少し悲惨な方に寄っているように見えるからでしかない。基本的に、なにか深いニュアンスを含ませようとしてつけたタイトルではない。

それでも、これまで、自分のブログを見るたびに覚えてきた違和感からようやく逃れられる。そう思うと、少しホッとする。やはり、身にそぐわないことは長く続けるものではないと思った。

公文書管理に関して独立調査委員会が必要なんじゃない? - 実態を知りたい(知る権利はあると思う)

桜を見る会」の問題は、いろんな要素を含んでいる。私はこれまで最も重要なことはあからさまな選挙違反行為だと思っていた。禁じられている饗応を、こともあろうに税金を使って堂々と行っていたことである。その重大さはどこまでいってもいささかも揺るがないのだけれど、どうも話が進むにつれて、もっと重大なことがあることがわかってきたようだ。それは、政府機関の内部統制問題だ。

桜を見る会」の名簿をめぐっては、廃棄されたことが問題になってきた。いや、それも問題だけど、それはどこの段階でだれがウソをついているかという程度の、いわば個人的な犯罪レベルの話だった。もちろんそれはそれでけしからんことなのだけれど、出せと言われて慌てて廃棄したのか、廃棄してないのに廃棄したことにしたのか、なんだかわからないけれど、とにかくだれかがなにかルール違反をしていることだけは確かだ。だが、それは個人プレーの範疇だろう。

ところがここにきて、過去5年間の「桜を見る会」の名簿が管理簿に記載されていない、つまり、作成されたかどうかさえ確認することができない状態であると報道された。もちろん名簿なしで招待状の発送その他の事務作業が実行できるわけはないので作成されているのはまちがいない。ということは、公文書管理が、法令で定める通りに行われてこなかったということだ。これは、法令にもとづいてしか仕事ができない公的機関の本質を思えば、ありえないことだ。「え?」と、耳を疑うような話である。本来やるべき仕事をやっていないとしたら、いったいあんたらは何してたの?と疑われるレベルの話である。

 

政府機関に限らず、組織がきちんと機能しているかどうかは、監査を行わねば明らかにはならない。そして、政府機関に関しては、会計検査院という独立機関があって、、公金が適切に使用されたかどうかをチェックしている。ただし、会計検査院は、お金のことしかチェックしない。それで十分だと考えられるのは、この資本主義の世の中、たとえ政府機関であっても、何かを実行しようとしたらカネがなければどうしようもないからだ。だから、予算の執行をチェックすればそれで足りる。ただし、それは政府役人は法令を遵守するという前提があっての話だ。法令を遵守している限り、政府機関は予算がなければ勝手なことはできない。そして、役人は嫌になるぐらい規則にうるさいものだ。少なくとも私の知っている役人(かなり下級レベルばっかりだが)は、実に細かいことにうるさかった。鬱陶しいなと思いながらも、だからこそ、公的機関に対する信頼は担保されるのだと、そう思わせてくれるものだった。

ところが、今回、あからさまに組織として法令を守っていないことが明らかになった。こうなったら、会計検査ぐらいでは実態は何もわからない。そして、法令を守らない組織に、その実態を報告させても真相は絶対にわからない。そういう場合には、民間の場合だと第三者機関に調査を依頼することになる。政府機関でも、アメリカ合衆国なら独立調査委員会が設けられる。日本の法令には独立調査委員会の設立を正当化するものはないようだけれど、ここは国会に国政調査権でもなんでも使ってもらって、公文書管理の実態を明確にしてもらう必要があるのじゃなかろうか。

 

明らかにしてもらいたいのは、次のようなことだ。

  • 管理簿への不記載は、この「桜を見る会」名簿だけなのか、それともほかにも同様の事例があるのか?
    →もしも「これだけ」というのであれば、その理由を明らかにすることによって犯罪行為がどのようにして発生したのかが判明するだろう。そして問題は、「桜を見る会」問題の一部分として収束する。
  • ほかにも同様の事例があるのであれば、いったいどの程度の割合で作成された公文書が不適切に管理されているのか?
    →この場合、問題は「桜を見る会」問題とは別個のコンプライアンス問題となる。現代の公文書はすべてコンピュータで作成されており、それはシンクライアント式だということなので、現状はサーバー管理のログを見ればはっきりするはず。
  • 不適切な管理は、系統だったものであるのか、偶発的なものであるのか?
  • 系統だったものであるのなら、その意思決定はどのように行われ、責任はどこに所在するのか。
    →その場合、なぜ特定の文書を闇で管理するようになったのか、忌憚のない意見を聞く必要がある。技術的問題、予算問題などがあるのなら、手当しなければならない(ただし、それで不正が不正でなくなるわけではない)。政治的な力が働くのであれば、その構造をなおさなければならない。
  • 偶発的なものであったとしたら、組織としてそれを防止する対策がなぜとられなかったのか?
    →公文書管理に関する研修などは実施されていたのか。管理が適切に行われているかどうかを保証する事務体制はとられていなかったのか。

ざっと思いつくだけでも、最低限、このぐらいの調査は必要ではなかろうか。個人的には、「桜を見る会」にまつわることだけが異常なのだと思いたい。そうであれば、まだ政府機関というものを信頼できる。わるいのは政権であって、政権が交代すれば多少はマシになるんじゃないかと希望がもてる。けれど、もしもそうでなく、政府機関の内部統制が全くとれていないということであれば、それはこの国の行政が、近代国家以前のものであるということになってしまい、信頼もなにもなくなってしまう。トップを交代させるだけではとてもその信頼は回復できない。全公務員をいったん解雇し、新たな基準で採用するぐらいのことをしてもらわないと、とうてい信頼は回復できないのではないか。

ぜひ、日本国が信頼に足る法律にもとづいて運営される国であるということを示してもらいたいと思う。