シアワセの容相

あしたはこっちだ

機械の文章がむしろ標準となる時代に向けて

以前、機械翻訳の進化について翻訳者として感じることを記事に書いた。実のところ、この記事以前にも何度もあちこちで書いていることではある。時代が進むにつれて、アップデート的に書いているわけだ。

mazmot.hatenablog.com

そしてまた少し変化があったらしく、アップデートしておこうと思う。変化というのは、上記記事で取り上げたみらい翻訳がまた能力をあげたらしい。こんな記事に大量のブクマがついていたので気がついた。

forest.watch.impress.co.jp

細かい話はともかく、前回記事と同じ文章をこのエンジンで翻訳してみよう。まず原文は私のブログから、

上記の記事にあるように、多くの砲弾は戦場から帰還した軍人が記念として持ち帰り、奉納したものだろう。だが、平和な時代を数十年過ごし、神信心とも縁遠くなってしまった私達の感覚では、それでも「なぜ?」という疑問は晴らせない。たとえば、いかに元軍人とはいえ、武器をそう簡単に持ち出せるものでないことは明らかだ。一発何億円もするミサイルほどではないにせよ、砲弾はそれなりの有価物だ。演習での使用済み品や不良品その他の理由で不要とされたものであったとしても、下げ渡しにはおそらく相当に面倒な手続きが必要だっただろう。

そして、翻訳結果。

As mentioned above, many shells may have been brought back and dedicated by soldiers who returned from the battlefield as memorials. However, as we have lived in peaceful times for 10 years and have become estranged from divine piety, we cannot dispel the question of "Why?". It is clear, for example, that no former soldier can bring up a weapon so easily. Although not as expensive as a missile costing hundreds of millions of yen, artillery shells are a valuable asset. Even if it had been used in the practice, defective, or otherwise unneeded, it would probably have required a rather cumbersome process to deliver it.

うん。たしかに以前のバージョンよりは良くなっている。もちろん、不適切な訳語選択はみられる。「持ち出す」を文字通りにとれずに「取り上げる」「話題に出す」意味でbring upと訳したり、「下げ渡し」が「配達」の意味で訳されていたりと、まあそのままでは「誤訳」とされてしまうだろう。後半の文脈を見失っているのも、旧バージョン同様だ。

だが、考えようによっては、これは役に立つ。というのも、こうやって英文にすることで「ああ、この単語は理解しにくいのだなあ」とか「ああ、この構文はちょっとこみいってしまったのかなあ」ということが発見できるからだ。ネイティブ話者である日本人が日本語を書くときには、あまり構文を理論的に考えない。結果として、日本人にとっても解釈しにくい文章、いわゆる悪文を書いてしまうことにもなる。そういうことに気づかせてくれるレベルにまでは、このエンジンは進化している。

 

そして思う。「正しい日本語」は、これから機械が書く手本が標準になっていくのではないかと。なぜならそれは理論から決してはみ出さないからだ。AIがもう少し進化すれば、文脈がおかしいかどうかの判定もできるようになるだろう。そうなると、自分が正しい日本語を書いているかどうかのチェックを機械で行うことができる。

実際、英文ライティングでは、そういったWebサービスが存在する。これはけっこう役に立つ。

www.grammarly.com

そういうサービスが日本語でも遠からず標準になるだろう。そして、元編集者としての立場から言わせてもらえれば、これは非常に歓迎すべきことだ。悪文は編集の敵だ。そこをなんとかしてくれるだけで、どれだけ書籍編集は楽になることか。

 

しかし、その先に、より大きな難問が待ち構えている。いったい、機械に補助されて書く文章の、どこまでが自分なのだろうか。言葉とは、文章とは、そしてそれによって組み立てられる思考や、そこに表現される思想とは、いったい自分にとって何なのだろうか。

それは、いくらAIが進歩しても解決できない問題なのだろうな。なに、人間のやることは、どこまでいっても尽きることがない。

学校の始業時間を遅らせることは、少なくとも子どもたちにとっては益が大きい、らしい

不登校の話が出る度に関連の話題として自ブログのリンクを貼っていたら、けっこうアクセスがあった。この記事だ。

mazmot.hatenablog.com

上記の記事では不登校の無視できない部分を占める起立性調節障害に関してサマータイムが悪影響を与えるだろうということ、そして何だったら逆に始業時間を遅くしたほうがいい、というようなことを書いた。その根拠となる論文も引用した。ただ、この記事はけっこう勢いでサッと書き上げたものだったので、とりあえず検索してたまたま出てきた関連ありそうなやつを引っぱってきたに過ぎなかった。言い換えれば、その関連では思春期の睡眠パターンがプレ思春期のそれとも大人時代のそれとも大きく異なっているということが常識だということでもあったわけだ。たまたま拾ったもので事足りるほどなのだからね。

そして、引用しそこねたのが、

アメリカでは登校時刻を通常よりも1〜2時間遅らせることで全体の成績が向上したという研究結果もあるらしい。

という部分に該当する研究だ。引用しようにも、聞きかじりで詳しい情報を覚えていなかったので、検索する手掛かりがなかった。もちろん時間をかければなにか出てきたかもしれないが、根性がその前に尽きた。いい加減なものだ。

ところが、それでもブログを書くことに意味はある。なぜなら、ブコメで情報元を教えてくれる人が現れたからだ。id:natu3kan さんにご教示いただいた記事はこれ。

natgeo.nikkeibp.co.jp

そうそう、この記事を以前、生徒の起立性調節障害について調べていたときに読んでいたんだった。この記事の上記リンクに続くページによれば、

この試みは、米国ロードアイランドの私立校に通学している9-12年生(日本の中学3~高校3年生に相当)を対象に行われた。2カ月間にわたって始業時間をそれまでの午前8時から8時半へと30分遅くしたのだ。親の同意が得られた201名の学生が試験に参加している。

 その結果、参加した学生の睡眠時間は試験前の平均7時間7分から7時間52分へと45分長くなり、授業中の眠気が顕著に減り、集中力が上がるようになったのだ。

ということで、明らかに子どもたちにとって良好な結果が得られている。ちなみに、この情報をもとに検索してみると、もとになった研究はおそらく1995年のこの論文(Early school schedules modify adolescent sleepiness)だろう。その原文は見つけられなかったが、同じ研究チームによってたとえばこのあたりの研究(Adolescent Sleep Patterns, Circadian Timing, and Sleepiness at a Transition to Early School Days)があるなど、継続的に研究は続いてきたらしい。上記引用によれば最近の話のようだが、実はもう20年以上も前から知られていたことになる。

ただ、上記引用を読んで「そりゃあ、始業時間が遅くなったら最初のうちは睡眠時間が伸びるだろう。けど、そのうち寝る時間も遅くなって、結局は同じなんじゃない?」というツッコミが入ることは十分に予想される。実際、前のブログについたブコメの中にも、睡眠サイクルは習慣であって、既日リズムとは関係ないのだという立場に立ったものあった。しかし、実際にはそうではない。それは研究によって実証されている。

たとえば、2002年のこの研究だ。

Changing Times: Findings From the First Longitudinal Study of Later High School Start Times

これは、ミネアポリスのハイスクール(日本の中学から高校に概ね相当)で始業時刻を7時15分から8時40分に遅らせてから数年間の結果を調査したものである。生徒の平均的なウィークデイの睡眠時間は約1時間伸びた。ここで特筆すべきなのは、その1時間の増加が始業時刻の変更後4年たっても継続していたということだ。つまり、「起きるのが遅くなっても寝るのが遅くなるだけじゃないか」という仮説は、完全に否定されている。

そして、この論文でも、あるいは同時期のこちらの論文:

Assocciation of Sleep and Academic Performance

あるいは、少し遅れてこちらの論文:

School Start Time and Its Impact on Learning and Behavior

さらには、最近の:

Impact of Delaying School Start Time on Adolescent Sleep, Mood, and Behavior

や:

Later School Start Time Is Associated with Improved Sleep and Daytime Functioning in Adolescents

などに至るまで、一貫して、出席率の向上、交通事故の減少、うつの軽減、幸福感の増加、学力向上などの好影響が報告されていることは重要だ(ま、「学力」に関しては、そんなものきちんと測定できるのかよ、と私は思っているわけだが)。

これらは主にアメリカ合衆国での研究になるわけだが、文化がちがうと始業時刻の変更の影響は多少異なってくるらしい。合衆国とオーストラリアの比較の研究もあった。

A Cross-Cultural Comparison Of Sleep Duration Between U.S. And Australian Adolescents: The Effect Of School Start Time, Parent-Set Bedtimes, And Extra-Curricular Load

このように、学校の始業時刻を遅らせる効果についての研究は、少なくとも過去20年以上にわたって連綿と続いてきている。では、それらの蓄積にもかかわらず、なぜ大部分の学校の始業時刻は変わらないのだろうか。

それに関しては上記の論文内でもいろいろと検討がなされている。結局のところ、学校の始業時刻は決して生徒のためだけではなく、さまざまな社会的な都合で決められている、というのが合衆国での状況らしい。なあんだ、日本と同じじゃないか。

ただ、それにしても、日本の場合は特に周辺からの圧力が強いように思う。それにはいくつかの種類がある。ひとつは、以前にも書いたが、子どもにはさっさと学校に行ってもらいたいという親の都合だ。できることなら仕事に行く前に子どもを学校に送り出して安心して働きたい。だが、これに関しては、現実に子どもよりも早い時刻に仕事に出かけなければならない親も少なくないことを思えば、やってみれば案外と問題がないのかもしれない。

それ以上に強いのは、おそらく、「勤勉」に対する信仰に近い思い込みだろう。クラブの朝練習をやったから体格が向上するわけでもないし、早朝から詰め込み勉強をやったからといって一時的なカンフル剤程度の成績向上以上のことは見込めない。けれど、「がんばっている」という姿を見せれば、たとえ効果はなくとも誰もが納得する。そういう奇妙な風潮が、この日本を覆って長い。

それは確かに競争に負ける弱者を救済する効果はあるのかもしれない。「結果は出なかったけど頑張ったからエライ」というのは、結果を出せなかった私のような出来の悪い生徒にとっては救いにもなった。だが、それが度をすぎれば、「結果を出さなくても頑張ればOK」という感覚に行き着く。そして、それは生産性にほとんど影響しない儀式的な仕事を繰り返す多くのオフィスワークにもつながってしまう。

科学でガチガチに詰めていくのは好きではないが、少なくともみんなが幸せになることが科学的に明らかになっているとき、それを無視するのはやっぱりちがうんじゃないかと思う。「がんばり」を評価するのはひとつの知恵であったかもしれないが、知恵はアップデートしてこそ本当の知恵になる。そろそろ、学校の始業時刻を少し繰り下げてはどうなのかなあと、改めて思う。

 

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ちなみに、上記の論文、大半はちゃんと読んでない。全部リンクを貼ったのは、そのうちきちんと読もうというメモとして、だ。なあんだ、科学だエビデンスだといっても、読んでなきゃしかたないじゃないかと、自分にツッコんでおく。

伝統はつくっても迷信はつくらんでくれという話

私は案外と迷信深い。神社にお賽銭を投げ込んで家内安全を願ったりするし、プラセボプラセボと唱えながら鍼治療を受けたりもする。感覚的に腑に落ちるものは、特に根拠がなくても否定はしない。水に百回ありがとうと唱えて味が変わるとは思わないが、ありがとうという言葉をくりかえすのはそれこそありがたみがあるので、やってもいいかなとは思う(面倒だからやらないが)。鰯の頭だってなんだって、面白いと思えばやるだろう。

ただ、他人から行動を強制されるのは嫌だ。特に迷信を強要されるような儀式的なことは苦手にしている。式典で歌うたわなくても頭下げなくてもそれで何かが変わるわけじゃないだろう、ぐらいの屁理屈はこねる。家庭教師の仕事で生徒にドリルをやらせるのを毛嫌いしているのも、あれの迷信じみたところが嫌なのだ。それやって点数があがるってエビデンスないだろうと、こういうときばっかりは科学を持ち出して自分の行動を正当化する。勝手なものだ。

恵方巻きという名で売られている巻き寿司が嫌いなのも、それが「恵方を向いて無言で食べたら福を呼ぶ」という迷信とセットで売られているからだ。迷信深い私だから、別に根拠がなくてもピンとくればやるかもしれない。ただ、それがどうにもピンとこない。むしろ、寿司を買ったら漏れなくついてくる押し付けがましさを感じる。だから、逆に意地でもあんなもの買うかとなる。ま、単なる天邪鬼。

丸かぶり寿司にかぎらない、伝統的な習俗には、だいたい迷信がセットでついてくる。たとえば無病息災を祈念するお屠蘇や七草粥は、ほとんどが迷信だろう。5月の節句に菖蒲を飾ったからといって男子が健康になるわけはないし、冬至にカボチャを食べたからといって長生きするわけもない。ただ、こういった迷信には、その迷信ができた当時の合理的な何かがある。たとえばお屠蘇は効能はともかくも薬草酒であって当時の医学水準では何らかの健康効果が期待できるものであったのだろうし、七草粥も冬場の野菜不足を補う知恵であるという説明もされる。かつての品種ならカボチャは冬至頃には食い切らないと腐るだけだっただろう。現代では根拠のないことであっても、かつては何らかの根拠はあった。その根拠が失われても、別段それが有害でなければ受け継いだっていい。そういうのを伝統というのだろう。

そして、伝統は適当につくられたものであってもかまわない。たとえばバレンタインデーにチョコレートを贈るという伝統は明らかに菓子屋の商売上の策略としてはじまっているのだけれど、別にそれはそれで2月の風物詩としてあってもかまわないと思う。10月2日が豆腐の日だといってもそれは単なる語呂合わせだが、その豆腐の日に湯豆腐を食ってもかまわないだろう。5月の連休に田植えをするのは兼業農家が急速に広まった50年ほど前に仕事の都合ではじまったことに過ぎないのだけれど、地域によってはもうそれが伝統の域にまで達している。伝統なんて、ほんの数年あればできあがるものだし、その由来がどうのこうのと詮索するのは大人気ない。

ただ、その新たにつくられる伝統に、どう考えても時代にそぐわない迷信を混ぜ込むのはどうなのだろうか。私が他の伝統行事にくっついてくる迷信に対してはそれほど拒否感がないのに節分の太巻きに対しては強い拒否感を感じるのは、結局ここなんだろうと思う。

この「伝統」、急速に広まったのは半世紀ほど前、海苔屋の販促活動であったことが明らかになっている。大阪の地域的な風習だとされているが、実際当時大阪に住んでいた私の感覚としても、それが(少なくとも河内の農村地域で)習慣としてあったようには思わない。そういう意味からすれば、近代になって創作された習慣であるといえるだろう。それはそれでかまわないのだが、それが創作された時代には既に「恵方」であるとか、「招福」であるとかは根拠を失っていたのではないか。創作時点で根拠のないことを、失われた昔の根拠があるかのように装ったのではないか。擬古的にそういった迷信をこじつけて、新規創作に対して権威づけをしたようにも見える。それって、ズルいじゃない。

バレンタインデーのチョコレートは、創作かもしれないが、そこに縁起物としての迷信は付け加えられていない。土用の鰻にしても、栄養だとか味だとかはいわれても、そこに縁起物的な迷信はこじつけられていない。「恵方巻」は、名前からして縁起物だ。そして、その縁起は、実は空虚なものでしかない。迷信が成立するだけのバックグランドが何もない。これが、他にはない違和感を引き起こす原因なんじゃなかろうか。

ま、無理に食わなきゃいけないものでもないしな。節分にはカレーライスでも食うわ、罰当たりな私は。

医療の合理主義と「延命治療」と

好む好まざるにかかわらず、現代社会は科学と切りはなせないものとなっている。科学という言葉が適当でなければ、合理主義といってもいい。理屈にあったことを正しいとしてそれに従いましょうというのが、現代社会の基調にある。民主主義とはそういう政治体制であるといってもいい。何が合理的かということは徹底した議論の果てに明らかになる。そういう議論をつくしてもっとも合理的な方法を採用しましょうというのが民主主義だと、これは中学校の公民の教科書にさえ書いてある(合理主義とは書かずに「効率」と「公正」と書いてあるのはなんだかなあと思うが、それは表現の問題で、結局は合理主義を示しているのは明らかだ)。

私自身は、合理主義で埋め尽くされた世界を息苦しいと感じる方で、どっちかというと非合理的な世界の方に惹かれる。しかし、それは現代ではせいぜい趣味の範囲でやってくれということになっていて、公の場では合理主義者として振る舞うことが求められている。実際、非合理的な判断は往々にして他者と衝突することが多いので、世渡りの処方としてはそういうのは表に出さないほうがいい。

とはいいながら、合理主義は何もガチガチの硬直したものではない。「理」は常に進歩するからだ。その進歩のためには、試行錯誤も必要になる。試行には、一見すると非合理的に見える行動も必要になるだろう。逸脱がなければ正常は見分けられない。逆説的に見えるかもしれないが、合理主義がうまく機能するためには、その参照項目として常に非合理的なものが必要となる。合理主義の世の中にあって非合理的な態度、迷信やら似非科学やら感性やら芸術やらが生き延びているのは、合理性では割り切れないものが人間社会には必要だからにちがいない。

感情は、一般に非合理的なものとされる。ある意味では古代の合理主義をとことんまで突き詰めた体系である仏教は、一切の恩愛を空虚なものであるとして切って捨てる。ところがその奥義を極めたはずの高僧ダライ・ラマ14世でさえ、母親の死に際してはひどい悲しみにおそわれたと述懐している。感情というものは先験的に存在しているものであり、合理主義の立場に立ったとしてもその存在を否定できるものではないらしい。

そして、この感情というものが、「無意味な延命治療」の原因ではないかという考え方がある。死期に近い高齢者は、合理的に考えれば医療の対象とすべきではない。なぜなら、既に社会に対する貢献度が下がってしまっている人をその先に延命させることで得られるものは何もないからだ。であるのに延命治療をおこなうのは、単に「死ぬのが悲しいから」とか、「自分が殺したと思われるのが嫌だから」とか、「がんばることが美しい」とかいった非合理的な感情のなせる業でしかないのではないか、というわけである。

確かに、終末期にはさまざまな感情が絡み合う。それは、「かわいそう」とか「かなしい」とか「しんどい」とか「くるしい」といったネガティブなものばかりではない。喜怒哀楽ひととおりの感情はやってくるし、さらにその上に感情だけでは割り切れない悩みがおそってくる。家族には、「これが本当にこの人のためになるのだろうか?」「これが本当にこの人の望むことなのだろうか?」という答えの出ない疑問、「これ以上のことはできないのだろうか?」「もっと別な道はないのだろうか?」という判断のつかない問いかけ、「暑くはないか、寒くはないか、床ずれはできていないか」といった正解の出ない気遣い、こういったさまざまな悩みがのしかかる。そしておそらくは、病床にあるその人自身が、同様の悩みをまったく異なった立場から抱え込んでいる。「いっそ殺してくれ」と思う瞬間があれば、「生きていてよかった」と思える瞬間も訪れる。平癒を確信できるときもあれば、もう戻れないと絶望するときもある。現在の治療を続けることが唯一の道だと思えるときもあれば、医療なんてもうたくさんだと思うときもある。自分自身の感覚さえ、信じられなくなってくるだろう。暑いのか寒いのか、痛いのか痒いのか、そういった基本的な感覚も怪しくなってくる。味覚も変わってしまう。それが悩みとならないはずはない。

しかし、そういった複合化した悩み、どうしようもなくなった感情の塊、非合理的な人間の性が、高額にのぼるともいわれる終末期の治療を長引かせているのだろうか。父親が体調の不良を訴えてから半年、最後の入院から3ヶ月を経てだんだんと出口の見えない長期戦の様相が見えてきたその病床の脇に座って、案外とそうではない、という気がしてきた。個人の感情とはまったく別個の巨大な歯車が、医療という世界では回っている。そして、その歯車を回している原理は、現代社会を形成している合理主義にほかならないのではないか、という疑いだ。

医療のシステムを含め、資本主義の世の中を回しているのは、「どうやったら儲かるか」という経済合理性だ。医療の世界で儲けるには単純に病人を増やせばよく、薬をできるだけたくさん使えばいい。製薬業界の動きを見ていると彼らはいったい病気を治したいのかそれとも人を病気にしたいのかどっちなんだと思ってしまうこともある。ただ、そういうことばかりやっていたのでは社会が破綻してしまう。医薬関係が儲けることによる経済効果とそのための社会的損失を天秤にかけるところにおそらく現状の医療があるのだろうし、医療費問題として「透析患者は殺せ」式の議論もおそらくそのあたりの微調整なのだろうと、巨視的にはそんなふうにも見える。

だが、マクロなそんな話は、個人のレベルまで下りてくるとどうでもいいことだ。個人のレベルで感じる医療の合理性は、そういうことではない。それは、医療には人を治すという実践の側面と、そのための技術を研究するという科学の側面があるということだ。そしてこの2つは切りはなせない。たとえありふれた風邪やら下痢やらの治療をしているときでさえ、医師は疫学的なデータを(たとえ統計にかかるような数値としてではない感覚的なものとしてだとしても)蓄積している。「あれが効いた、これが効かなかった」というのは、論文で読むだけでなく、自分自身の実践からも学んでいく。そして、ときにはそうやって学んだことを論文化することだってある。医学の知見というのは、そういうふうにして蓄積されてきたものだ。

父親の病気に付き合って、そういうことを何度も感じた。たとえば、最初の3ヶ月ほどは、いったい何がどうわるさしてこの病態が発生しているのか、実のところ担当医師もよくわからなかった。担当医が非常に率直な人だったから、このあたりは掛け値のない話ができたのだと思う。ひとつひとつの症状、たとえば血中のカリウム値が高いこととか電解質バランスが崩れているなんかは、腎臓の機能の低下で説明がつく。だが、他の数値はそこまでひどくもない。そして、腎臓が悪いだけでここまでひどい倦怠感・脱力感が発生するだろうか。心臓がよくないのはもともとだが、数値がそれほど急激に悪化したわけでもない。肺に癌があって摘出しているが、そっちの方は完治していると専門医が言っている。最初の異常が急激な体重減少(1ヶ月で10kg以上の低下)だったので消化器系のトラブルも疑えるが、検査の結果に異常はない。そして患者は起き上がるのにさえ苦痛を訴える。そして、何を処置したわけでもないのに、最初の入院は入院して検査をしているだけでいったん回復した。「あれは夏バテか?」というのが、ホッとしながらの感想だった。それにしても緊急の入院と安静措置がなければ、死んでいたとしても不思議ではない危機だった。それが、その後アップダウンを繰り返して3ヶ月前に3度めの入院をしたときに、はっきりと循環器系に不具合があることがわかった。そして、そこまでの経過を振り返って、はじめてすべてのピースがピタリと嵌った。循環器系の機能低下が腎臓の機能低下を引き起こし、腎臓の機能低下が胸水の過剰につながり、それが呼吸機能の低下を引き起こし、そのためにもともと循環器系の不調で低下気味だった酸素供給量が不足して身体が動かなくなったと、そういう筋書きだ。そして、それだけのことは、治療を続けることでわかったわけだ。わかってしまえば決して珍しい症例でもないのだろうが、実際にそういう患者を経験することで医師は次に似たような患者が出たときに適切な初動ができるようになる。なるほど、医学はそういうふうにして進歩してきたのかと、苦しむ父親をよそに私は妙に納得した。

あるいは、父親が心臓の血管の手術をした後、状態が回復せず、「心筋の再起動には失敗しました」という結論が出た後で、少しではあるが急に全身の状態が改善したことがあった。最終的にはこれは単なるアップダウンの波が上向いただけだったのだろうということにはなったが、もしも手術からそれだけ時間が経過して心筋が動き始めたのだとしたら、それはそれで一例報告ものだろうと思った。もしもそういう知見が蓄積すれば、新たな心臓治療の方法へとつながっていくかもしれない。

こういうことは夢想でも何でもない。実際、ある看護師は、「家族看護について論文を書いているので、そのケースのひとつとして使わせてもらってもかまいませんか」と承諾を求めてきた(らしい。というのは私にではなく兄に話が行ったので)。だから来年あたり、ひょっとしたら私の父親の話が「Aさんのケース」としてどこかの論文に載るのかもしれない。そして、それは看護学をすこしだけでも進歩させてくれるだろう。

つまり、シロウト目には意味があるのかどうかわからない治療でも、結果的にそれは医学の進歩にごく微量だけの貢献をしている可能性がある。そして、無意味に見える「延命治療」にしても、それが単なる死期の先延ばしではなく、何らかの科学的知見をもたらすものとして取り組まれている可能性はある。というよりも、ひとりひとりの医療担当者の思いとはまったく無関係に、医療というシステムそのものに「とことんまでやってそれに見合った知見を蓄積する」という姿勢が組み込まれているのではないだろうか。医療というものは、そういうふうにして発展してきたのではないだろうか。

そして重要なことは、終末期の患者に対して勝ち目のない治療を続けることによって得られる知見が、もっと「若い」患者、「助かる見込みのある」患者、「社会への貢献が期待できる」患者に対する治療にやがて反映されていくということだ。すなわち、医療は、最も弱いところに向き合うことで、人間の身体、病気というものに対する臨界点での知識を見出すことができる。そういった蓄積は、やがてすべての人の健康を改善する知恵となっていく。医学のなかには、そういった仕組みが本源的に備わっている。

だから、医者はそうそう簡単には患者を手放してくれない。「もうええんちゃいます? さっさと終わりにしてくださいよ」と本人が思う瞬間、家族が願う瞬間があったとしても、そういうものとは無関係に、粛々と医療は進んでいく。それがいいのかわるいのか、私にはわからない。ただ、個別の家族や患者の感情、非合理的なあれやこれやとはまったく無関係に、合理主義としての医療は患者が最後の息を引き取るまで止まることはない。医療とは、どうやらそういうものらしい。

だからといって、終末期の患者・家族の悩みが解決するわけじゃないんだけどなあ。ま、悩みばかりではない。一日のうちに何度も笑うこともある。笑えるうちは、人間、捨てたものでもないと思うわ。

日本語上達のための手軽なトレーニング

子ども向けの教材、いわゆる「学参」を編集する業界にいたときには、「これ1冊でOK!」とか、「ズバリ!」とか、「基礎の基礎」とか、とにかく勉強になにか秘法があってそれさえ習得すればどんどん点数が伸びるような錯覚を抱かせるような表現をずいぶんと使ったものだ。現実にはそういった奥義のようなものは、ない。万人に通用するコツのようなものもなくて、ある人にとっては非常に有効な方法が、別の人にとっては理解を大きく阻害するものであったりする。典型的には、計算を分類して、それぞれのパターンごとに解法を徹底的に反復練習する方法だろう。これがハマる人からすれば「世の中の算数はまちがっている。こうやって身につければ絶対確実なのに!」と見えるらしいが、多くの人にとってそれはかえって煩雑で、混乱してしまう。語呂合わせとか各種の暗記法も、それが実際に得点力アップにつながる人とそうでない人がいる。人間のアタマの構造は思いの外に多様で、たったひとつの正解の存在を許すようなものではない。

けれど、だからこそ、「決定版!」みたいな「勉強方法」が紹介されていると、できるだけチェックする。それは、なにも唯一の方法が知りたいわけではない。そうではなく、多様な生徒に応用するためのネタはできるだけ数多くある方がいいからだ。「これでダメなら次はこれ」みたいな選択肢は、多ければ多いほどいい。というわけで、こんな記事も興味深く読んだ。

toyokeizai.net

実は、似たようなことは既に私もやっている。1枚の写真を見せて、そこに写っている情報を文章にするという練習だ。これはけっこう難しい。たとえば、ヨットの写真を見せても「ヨットがあります」以上の情報を読み取れない生徒は多い。画像が伝える情報量は半端ないものがあって、ヨットの数、色、形、天気、風、港の様子などなど、書きはじめるといくらでも情報は出てくる。見たものを文字情報に変換するということは、練習がなければできないことだ。

だが、上記の記事では、そういった静止画の情報ではなく、「オセロ実況」として、動的な情報を言葉に変換すること、さらに重要なこととして文字情報から動的な情報を再現することに挑戦させている。静的な情報よりも動的な情報のほうが文字情報への変換は難しいと思うのだが、しかし、とっつきはそのほうがいいかもしれない。そして、文字情報からどこまで実際にあったことを再現できるかという試みは、非常に刺激的なものだろう。

ただ、こういった「文章を書かせる」「文章を解釈させる」という練習は、確かに本質的ではあるけれど、相当にハードルが高い。これは練習する側にとってもそれを指導する側にとってもそうだ。それよりは、もっとイージーな「読解力を高める」トレーニング方法がある。無料で公開してしまうのはちょっと惜しいのだけれど、ケチなことを言ったところではじまらない。なに、たいしたことではない。

それは、「リライト」と呼ばれる遊びだ。用意するのは1冊の本と原稿用紙。本は何でもいい。なにもなければ教科書でもいいが、できれば生徒が興味をもてるようなもののほうがいいだろう。ま、何でもいい。この本の適当なページを開き、適当な文を選ぶ。次に、その文に書かれてある内容を原稿用紙に書いていく。このゲームのルールは、簡単なものだ。

  • 元の文に書かれてある内容と、同じことが伝わるように書く。抜け落ちる情報があってもいけないし、勝手に付け加えてもいけない。
  • 元の文と、できるだけちがった文にする。ちがっていればちがっているほどポイントが高い。

たったこれだけのことだけれど、頭を使う。やってみると、かなりいろいろなワザが使えることがわかってくる。いくつかあげると、

  • 同義語への言い換え。たとえば「しかし」を「けれど」に書き換える。このあたりは初級コース。
  • 文節の移動。日本語の主語は、述語の前であれば比較的場所の自由度が高いので、動かすことができる。これも初級コース。
  • 文の分割、合体。長い文は分割できるし、短い複数の文は1つにまとめることができる。分割や合体は下手にやると意味が変わってしまうので、中級コースになる。
  • 直接話法と間接話法の変換。うまくやると、意味は変わらないのに文章の印象は大きく変わる。これも中級者向け。
  • 受動態と能動態の変換。日本語の場合あまり使える場所は多くないが、使えるところでは有効な方法。
  • 品詞の変更による文の組み換え。たとえば、「○○が多い」と形容詞で書かれてあるものを「多くの○○がある」と、名詞化する。文の構造が大きく変わるのでポイントが高いが、上級者向けになってくる。

細かいワザは、いくらでもある。なかにはエキスパートにしかできないようなアクロバットも出てくる。私はだいたい生徒と一対一でやって互いの結果を評価し合うのだけれど、ときには驚かされるようなウラ技を生徒が使うこともあって、なかなかに侮れない。ただし、原文の意味とズレてしまったところ、原文にあったはずなのに欠落してしまったところなどは、シビアに指摘していく。

この遊び、小学校の高学年ぐらいから高校生ぐらいまで、幅広く使うことができる。そして、文法なんかやるよりは、ずっと文章の構造の理解が進む。主語と述語の関係とか、形容詞と副詞のちがいとか、こういうトレーニングをすると感覚的につかめてくる。そして、整理された文法事項として暗記するのとは比べ物にならないほど、実用的な力になる。もちろん、読解力もあがる。わかりにくい文を、自分にわかりやすい形に引きつけて読むことができるようになるからだ。

この方法を国語の指導に使うようになったのは、自分自身がそうやって日本語力を身につけてきたことに気がついたからだ。若いころ学参業界の片隅で、編集屋として、手書きで原稿用紙を埋めていく仕事をしていた。まだまだ著作権尊重なんて概念が浸透していなかった時代、特に学参業界には「問題は使いまわすもの」という常識があった。古くから使いまわされてきた問題を、新しいフォーマットに合わせてリライトしていく。そんななんともやりきれない仕事を毎日やっていた。最低だと思っていたが、どんなことからでも人は学ぶことができる。そうやって粘土細工のように文章をこね回して型に当てはめる作業を続けたおかげで、私は日本語がどんなふうにできているのか知るようになった。これは実際、後になってとても役に立った。学参を離れて多様な人々の原稿を扱うようになってからのことだ。あがってくる原稿は、実に読みづらい。けれど、そんな悪文がどのようにできているのか、悪文はどのように読めばいいのか、私には理解できた。いつの間にか、私は悪文読みの技法に人並み外れて力を発揮していた。

だから、読解力のない生徒の根本治療をしなければいけないとなったとき、この方法を思い出した。そして、実際に使いはじめてもうけっこう長くなる。相性があるから使う生徒はかぎられているけれど、確かに効果はある。

リライトにしても、あるいは冒頭に引用した記事に書いてある方法にせよ、ひとつ共通していることがある。それは、このような学習方法は伝統的な講義形式にはそぐわないということだ。記事では授業でやっているところが紹介されているが、やはりベストなのは小グループでやることだろう。数名の小グループに指導者がリーダーとして入って引っぱっていけば、どちらの方法もうまく機能する。

そういうことがわかっているのに、学校というところは頑なに学級形式にこだわる。いや、昔に比べればグループ学習のスタイルは増えた。けれど、それは形だけのものでしかない。グループ学習を本格的にやりたかったら、教室のなかで机をひっつけて班をつくってみたいな発想から離れなければならない。そういうことも、教育学業界の方ではずいぶん昔から明らかになっているはずだ。

なのに学校は変わらない。なぜなのだろう? その疑問を解決したいと思ってるんだけど、いったんそういう世界からはずれてしまったしがない家庭教師には、そのツテもない。本丸は学校だというのに、こちらはあくまで日陰者の受験業界にしかいられない。なんとかしてこの断絶を乗り越えたいのだけれどなあ。

こみいった話をこみいったままに書くのは難しい

著者ってのは救いようのないくらい文章が下手くそだ。若いころ編集業界の末端にいた私は、傲慢にもそんなふうに思っていた。なんでこんなわかりにくい文章を書くんだ、ここは整理したらもっと論旨がすっきりするじゃないか、ここはほとんど繰り返しじゃないか、こんなところで横道にそれるなよ、みたいに、激しいツッコミを入れながらゲラを読んでいた。ときにはびっしりとコメント付きで著者に戻すことさえあった。「3行で書けるところに50行かけるなよ」という感覚にそれは近いかもしれない。

だが、年齢を重ねるとともに、あれは決して著者の文章力の問題ではなかったのかもしれないと思うようになってきた。なにも、一部の文芸業界のように著者様は神様ですみたいな感覚になってきたのではない。そうではなく、著者であっても自分と同等の人間であり、やはりある程度は読みやすさ、読みにくさというものを知っているはずだということに気づいたのである。そして、文章は読みやすいほうがいいにきまっている。なのに、あえて読みづらい文章を書くとしたら、それにはそれなりの理由があるのだろう、と思うようになってきたのだ。

それをつくづく感じたのは、昨年末に和文英訳のチェックをやっていたときのことだ。だいぶ減ったとはいえ、いまだに私のところには学術関係を中心に、翻訳の仕事が舞い込んでくる。和文英訳は英語圏のネイティブ・スピーカーの仕事になるのだが、私はその原文との照合を担当する。伝統的な日本の翻訳事務所のスタイル(日本人翻訳者が訳して「ネイティブチェック」を入れる)とは真逆のスタイルだが、クォリティでは明らかに英語ネイティブが英文を書くほうがいい(過去にそうなっていなかったのには歴史的な理由があるのだが、そこは長くなるので)。ともかくも、けっこう長い堅苦しい書物を照合していく、長距離走のような仕事だった。

この原文書籍、そうとうにまだるっこしい。ひとつのテーマに関する実証的な研究なのだが、行きつ戻りつしながら論考を進めていく。ときには文脈さえ見落としてしまいそうになるほど、逡巡する。ところが翻訳版の方は、非常に論旨がスッキリしている。どっちが論文として優れているかといえば、もう疑いもなく英語版の方だ。

だが、私は読み進めながら、フラストレーションがたまるのを感じた。確かに翻訳者は優秀だ。著者が回りくどく語数を費やしている部分を、ズバリ一言で置き換えてしまう。それが誤訳かと言われれば、そうではない。原文の意味に相当するところをうまくすくい上げている。けれど、私にはどうにも納得できない。どうしても引っかかるところは、修正を依頼した。もう長い付き合いになる翻訳者は、ちょっとびっくりしたようだった。明らかに優れた品質の英文を書いているのに、それに対して、どう見ても改悪を要請するコメントがつく。今回に限ってなんで?と思ったのではなかろうか。

それは、私が原文のわかりにくさ、まだるっこしさのなかに、そう書かざるを得ない著者の気持ちを汲み取ってしまったからだ。たとえば、日本語で書かれた文章は、英語の文章に比べて断定を避ける傾向がみられる。多くの場合これは著者が断定的な判断をしていないのではなく、単純に修辞上そうしているに過ぎない。だから英文に訳すときには「だろう」のような推定の助詞はあえて無視する。そのほうが著者の真意が伝わる。ところが今回に関しては、どうも、著者自身が迷い続けているように見えた。複雑な社会的事象として発生している研究対象に関して、ひとつのありうる解を提示しつつも、それが決して唯一の解でもなく最適解でもなく、いや、ひょっとしたらそもそも解決など無理ではないのかとさえ感じているように、私には思えた。そういった著者自身の心のゆらぎを、「これは日本語の特性と英語の特性のちがいだから」と一刀両断にするのは、やはりどこかちがうのではなかろうかと感じた。

だからといって、読みにくい直訳調の英文がいいかといえば、それはとんでもない。文章は読まれてこそのものだし、読んで意味のわからない文章は書いてはならない。英語として論旨が一貫することは、何よりも重要だ。だが、そこで抜け落ちてしまう著者自身の抱え込んだ「わかりにくさ、すっきりしない感覚」を、どう伝えるのか。若いころの私なら鼻もひっかけなかったようなことに、ずいぶんと苦しめられた(それにつきあわされた翻訳者もいい迷惑だったろうとは思うのだけれど)。

わかりいくいこと、こみいったこと、迷いをかかえたことを、そのままの状態で人に伝えることは極度に難しい。頭の中に去来するよしなしごとをそのままに文字に起こされても、読者は疲弊するばかりだ。たとえば、こんなしがないブログを書くときでさえ、文章を書くときには情報の整理をする。そして、ややこしいこと、混乱しそうなこと、文脈を乱すようなことは、意図的にそこから除外する。ひとつ前のエントリも、そんなふうにして書いた。

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病床の父親の脇では、いろんなことを考える。昨年末は上記の翻訳チェックの仕事の(そのほか、私自身が翻訳しなければならない英文和訳の仕事とかもあった)せいで、病人をほったらかして膝の上のパソコン画面ばかりみていることも多かった。それでも苦痛にうめけば中断せざるを得ないし、中断するとやっぱりいろいろ考える。父親のこともだけれど、自分のことも考える。自分が死ぬときはどうなのだろうとか、そんなことも思う。だが、前回記事ではそのあたりに触れることができなかった。

ひとつには、父親は父親、私は私という感覚が強いからだ。たとえば父親は医療に対しては相当な信頼感をもっているが、私はそうではない。それで元気でいられるのならサイボーグのようになってでも生きていたい(逆にそうでなければさっさと死にたい)というのが父親の感性だが、私はもっとずっとウェットだ。そういったちがいは終末医療への考え方のちがいにもなる。だが、そこを書き出すと無限にややこしくなる。

ひとつには、いくら考えても私には正解が見えてこないからだ。たとえばゴチャゴチャ言わずに70歳(あるいは80歳でも90歳でもいいが)人生定年制を採用してくれて、その年齢になったら有無を言わさず安楽死みたいな社会制度にでもなれば、どれほど気楽だろうと思うこともある。自分自身の終わり方としては、そういう先の予定がきっちり立つほうが嬉しい。けれど、そういう社会制度は多くの人々の合意を得られないだろう。また、「この人は価値ある人だから生かしてほしい」というような例外的要求が、必ず発生する。そういった例外を認めることは、すなわち人間を能力によって選別する思想であり、民主主義の根本原理とは相容れない。なにも民主主義が最終的な人類の社会形態とは思わないので将来のことまではわからないが、すくなくとも現在の視界に入っている範囲で、そのような選別思想を容認できるような原理を人類はまだ知らない。あるいは、安楽死制度はぜひ現実になってほしい(そしたら私は苦しむ前にさっさと逃げ出すつもりだ)けれど、じゃあそれが制度化されたときに、「おじいちゃん、そろそろ安楽死してよ」という社会的圧力が発生するのはほぼ確実だし、それが世の中のためになるとはとても思えない。さらに、安楽死を選択できるのはごく一部のラッキーな人々であって、意志の疎通が病によって阻害されてしまえば、それは不可能になる。つまり、公平性、平等性という観点から、安楽死制度は願えども実現しないのではなかろうか。

こういう惑いをそのまま書いたら、とても読める代物ではなくなる(上の段落だけでも辟易だろう)。こういう想念が、無数に私の頭の中を去来する。そういったものをいったんは捨て去らないと、意味ある文章は書けない。

それでも、たとえば経済的な話が出てくると、やっぱりそういうところにも触れておけばよかったかなと思ったりもする。たとえば、老人に対する医療費はどうせ遠からず死ぬ人間に対する無駄な投資である、という論があるが、これは一概にそうともいえないと思ったりもする。老人はまったく役立たずだろうか? 私の父親は、いくつかの面では私よりもスキルがあるし、知識もある。もしもそれだけのスキルと知識を備えた人間を一から養成しようとしたら、そのためには高額なコストがかかるだろう。それよりは、ある程度の医療費を投入しても、既存の資源を生かしたほうがいい場面だってあるのではなかろうか。

だが、そうなってくると、どの程度、投下した費用に見合ったリターンがあるのかという話になってくる。ところが医療は確率論でしかない。また、回復した高齢者に改めてその投下分に見合った社会貢献を求めるというのも、それはそれで筋違いな話に見えてくる。けれどこれはまったく同じことが若者に対する投資にもいえて、しょせんは遊んでばかりいて社会に貢献しないような若者に金を投下するのはドブに捨てるようなものではないかという話にもなる。けれど、そういった合目的論的な社会のつくり方は、現代民主主義と非常に折り合いのわるいものだ。人は好き勝手に生きていいのだし、そうやって好き勝手に生きることを保証することによって社会は進歩していくのだというのが、自由主義、資本主義の原理だ。であるのなら、そもそも医療を経済論で語ることは筋がよくないということにもなる。

だが、こういった話もやっぱり結論が出ない迷いに過ぎない。だから、書きたいという気持ちを抑えて、はずしておいて正解だったのだろう。それでも、たとえば現状に至るまでの細かい経緯は、もうちょっと書き込んでもよかったのかもしれない。

たとえば、心臓の手術に踏み切るかどうかの決断に関して、それが現状につながるターニングポイントだったことは間違いない。ただ、この手術の結果が現状につながったというのは後知恵で振り返っているからいえることであって、むしろあの時点では延命治療を避けるためのベストの選択と本人が判断していたものだ。どういうことかといえば、手術をしないということは、現状維持であり、それはすなわち、退院もできず、死ぬのを病院のベッドで待つだけ、しかもそれが何年続くかわからない状態に置かれることになる。それよりは手術の大勝負に出て、うまくいけば一気に回復して退院、そうでなければ手術失敗ですぐに死ぬ、ぐらいの覚悟だったようだ。ところが案に相違して、どちらにもならなかった。この読み違いをいちばん悔しがっているのは父親本人だろう。

そして、点滴での栄養補給に至る経緯も、なし崩しだった。つまり、緊急の手術(その直前の状態の悪化)に対処するため血管に経路を確保する必要が先行してあり、そして、そのついでに「食事もとれていないし、とりあえず栄養をこっから入れます」的にはじまったことだった。そして、それは手術後に回復したら外れるはずが、大きな回復はせず、かといって危篤状態になるわけでもないなかで、「外せないよねえ」というかたちで残ってしまったものだ。だから、「延命治療をしますか?」的な判断を求められたことは一回もなく、ただただ流れのなかでこうなってしまった、というのが正確なところだ。

だが、これでもたぶん、本当は正確ではない。事実の再現にこだわっていけば、無限に文章は長くなっていく。やはり、こういうところも端折るには端折るだけの理由があったわけだ。

そして、たとえ延命治療をするかどうかの判断を求められるような場面があったとしても、私はその責任者にはなりえない。本人の意識がしっかりしている以上、決めるのは本人でしかないし、もしも本人の意志の確認がとれなくなっても最初に決めるのは父親の妻である私の母親だし、その次には長男である兄だろう。私のところまでお鉢が回ってくるのはだいぶ遠い。だが、こういうこともまた、書きはじめたらキリのない話になる。母親には母親の生死観があるし、兄には兄のものがある。そういったことに触れはじめたら、長編小説並みの長さになっても物語は終わらない。

結局のところ、こみいった話は、整理しなければ文章にはならない。何かを伝える力にはなりえない。文字はコミュニケーションのツールであり、情報を伝達しなければ、それはミミズののたくった痕以上に存在する意味をもたない。そのためにはどんどん捨てていかなければいけないし、捨て去ったところに未練をもってはいけない。けれど、それでも読みにくい文章を読んだとき、その行間に著者の苦悩を感じたとき、いったい私たちはどうすればいいんだろうか。

 

そっ閉じが、いちばんかもしれない。

 

人に死ぬ時期を決める自由はない、という話

半年ほど前から、老齢の父親の調子がよくない。それでもどうにか生きながらえて年を越すことができた。感謝すべきなのだろう。

だが、素直に喜べないのは、病床にあって父親が日々苦しんでいるのを知っているからだ。循環器系にガタがきていて、身体全体に酸素が足りない。高山で生活しているようなもんだから、とにかくしんどい。そのしんどさを耐え忍んでも、その先にそれが改善する見込みはほとんどない。よくて現状維持、わるければ、いつでも最期がくる。そういう状態でいる人を前に、それでも「生きていてよかったね」とは、素直に言えない。

父親は、決して命に未練があるタイプではない。むしろ、無意味な延命治療はしてくれるなと、これは元気なうちからずっと言い続けてきた。過去に何度か大病を生き延びてきているので、医療に対する信頼は厚い。治る病気なら、現代医学の力で必ず治るものだと信じている。そして、治らないのなら、ムダな抵抗はせずにそこで打ち止め、ぐらいに考えている。数え年なら米寿を超えているので、十分にいい人生を全うしたといえるだろう。

だから、家族としても、無理な治療をするつもりはない。いや、意識はしっかりしているから、治療方針に関して基本的には父親自身がすべて自分の意志で決めてきた。だが、それがどうにも曖昧なところに落ち込んできている。というのも、どこまでが順当な医療で、どこからが無理な延命策なのか、それがだれにもわからなくなっているからだ。

素人考えだと、その区別は簡単だ。日常に後戻りできない一線を越えたら、それは単なる延命手段になる。たとえば人工呼吸装置は、高齢者の場合はふつう、いったんつけたらもうはずすことができない。だからそういうことさえしなければ、無理な延命治療をおこなわないという父親の意志を尊重できるのだろうと思っていた。

しかし、人間の身体は思ったよりも頑丈にできている。最初に、「あ、これはもう死ぬんだな」と思ったのは、夏にいったん退院して、自宅で安静にしているときだった。とにかく夜眠れないし、ベッドから起き上がるだけで限界に達するほど力が失われている。この状態ではいつ死んでもおかしくないと思った。ところがその最低の谷底を越えて、父親は復活をはじめた。秋が深まる頃には、休憩しながらではあるけれど、ずいぶんと長い散歩をできる程度まで体調を戻した。そのとき私は、「ああ、諦めてはいかんのだなあ」と、しみじみ感動した。父親に付き添って(子どもの頃とはすっかり風景が変わってしまったが)故郷を散歩できるのが、ほんとうにありがたかった。

ところがそこから10日とたたないうちに、再び体調が落ち込み、三度目の入院となった。このときには心臓の動脈に狭窄部が見つかったということで、そこを広げる手術をすることになった。高齢ではあるし、放置するという選択肢もあった。だが、放置すればその先に待っているのは遠くない死だ。手術は危険ではあるが、確率は低いものの、手術の成功によって心臓の不良部分が再起動する可能性もある。それを聞いた父親は、まるでヤクザが殴り込みでも行くような勢いで「決着をつけてくる」と啖呵を切って手術室に向かった。「失敗したら死ぬんだなあ」と、私は覚悟を決めた。けれど、手術そのものは成功した。

ただ、ダメージを受けた心筋は再起動しなかった。微妙なのは、それでもこの手術がそれ以上の病状の悪化をとりあえず食い止めたということだ。心臓はもともと悪かった。それが一気に崩壊するところは、なんとか食い止めた。ということは、うまくすればまた、近所を散歩できる程度まで復活する可能性は残された。私はそう解釈した。

だが、実際には、そこから病状はジリジリと悪化への一途を辿った。強心剤その他の薬物でどうにかもたせているだけで、いつ急なことがあっても不思議ではない。食事もとれなくなって、栄養補給は点滴に頼るようになった。なによりも息をするのも苦しく、「さっさと死なせてくれ」という弱音も出てくる。そんな苦しみを訴え続ける日々が1週間以上も続き、ついに緩和ケアとしてのモルヒネ投与をおこなうという決断を迫られた。これに関しては、この苦しみのなかで父親自身が望んだことでもある。家族としても「見ちゃおれん」という感覚で、それを緩和ケアチームの医師にお願いした。そして、「いよいよこれがゴールへの最後の直線コースなんだな」と思った。だから、連絡すべきところにもすべて連絡した。いよいよお別れが近い。そんなふうに思って、気持ちの上では「看取り」の態勢に入った。

ところが、モルヒネ投与を1週間ほど続けるなかで、なぜか身体の状態が改善してきた。徐々に投薬を減らし、そして、モルヒネも減らし、ついには離脱することになった。食事がとれない状態で栄養補給のための点滴を続けているからベッドを離れることはできないが、調子のいい日には軽い冗談をいえる程度にまで回復した。驚くべきことだ。

だが、医学的には何も変わっていない。検査の数値は、苦しんでいたときとほとんど変化はない。そして、また間欠的に苦しむ日が多くなりはじめた。数時間、少し楽になるときもあるが、たいていは苦しい状態が続く。それがいまの現状だ。再び、「いつ死んでもおかしくないな」と感じられるようなところまできている。

さて、いま父親は、人工的な栄養補給で生きている。この点滴のチューブを外してしまえば、おそらくは10日程度で栄養失調で死ぬだろう。それ以前に栄養状態の不良から他のトラブルを引き起こして死ぬ可能性も高いと思う。つまり、点滴によって延命させられている状態だと言えなくはない。本人の意志(おそらくそれは現在でも変わらないだろう)によれば、延命治療は拒否である。では、この点滴のチューブを抜いてしまうべきなのだろうか?

たしかに、全体的な流れからいえば、父親の健康は徐々に悪化していて、確実に死期に向かっている。だが、その途中には、散歩に出ることやリハビリの運動をこなすこと、好物を「おいしい」といって味わうこと、気の利いた冗談を飛ばすことなど、「もうダメだ」と思わせておいてそれをいい意味で裏切るような回復を何度も見せている。いくら奇跡が起こっても、1年前にそうしていたようにゴルフの練習に出かけ週1度はコースに出るというような生活に戻ることは不可能だろう。けれど、弱々しくとも人間として、人間らしい幸福な時間を過ごすことは、この先も可能かもしれない。そして、もしもそれが可能であるのなら、これは単なる延命ではない。それは回復への途上の医療行為であり、十分に意味のあることだ。

私には、いったい現状をどうとらえていいのかわからない。そして、それは父親自身がそうなのだ。少し状態のいいとき、父親は「これは病気なんか?」と私に聞いた。その意味することは、すなわち、「治る見込みがあるのか」ということだ。医療に対する信頼の厚い父親の感覚なら、もしもこれが病気なのであれば、必ず医師は自分を救ってくれるはずだ、となる。であるのなら、まだまだこの苦痛を耐え忍ぶことはできる。けれど、父親の感覚でいうところの「老衰」なのであれば、それはもう後戻りはない。治らない。ならば、さっさと死なせてほしいというのが父親の真意だ。そして、私は困ってしまう。私だけではない。関係者一堂、困り果ててしまう。

医学的には、回復はない。だが、それがすなわち、「あとは死ぬだけ」ということを意味しない。回復せずとも、まだまだ人生を続けられるのかもしれない。その人生に意味があるかどうかを、医学は教えてくれない。いや、どんな人生であれ、そこに意味をもたせることができるかどうかは、本人だけが決めることができる。そして、残りの人生があるのかどうかを、医学は確率論的にしか予想できない。

もしも「余命1ヶ月」というような確実な数値が与えられるのであれば、どれほど楽だろうと思う。だが、それを医学に期待することはできない。一般に人間は明日死ぬかもしれないし、1年後に生きているかもしれない。父親の状態は、明日死ぬ確率、1年後に生きていない確率が、健康人よりもはるかに高くなっているということでしかない。そういう人に対して、「これは延命治療だから」と言って現在の命の綱を切るわけにはいかない。

明瞭な意志として延命治療を拒否し、家族もそれを完全に尊重しようとしている父親のようなケースでさえ、いったいどこからが延命治療でどこまでがそうでないのかは、どうにも割り切れない。割り切れない以上、ずるずるとでも、とにかく治療を続けてもらうしかない。そして、医師の側にも、治療を中断することによって死に至ることが明らかな場合に治療を中断することはできないという倫理上の縛りがある。主治医自身が「延命のための延命はしません」という方針に当初から同意していても、「じゃあいまの状態はどうなんですか?」という問いには、明瞭な答えは出せない。

こういった苦悩は、たとえ安楽死を制度として認めてしまっても続くのではなかろうか。父親自身が、「もう死なせてくれ」みたいなことを言ったあとで、「今日は気分がええなあ」と退院を心待ちにするような日を迎えたことさえある。仮に医師の診断書付きで安楽死を決断しても、それが一過性の「もうダメだ」という幻に過ぎないのではないかという疑いは、永遠に拭えない。

生と死は、しょせん人間の自由にならないものだ。あーあ、自由が基本的人権だなんて、まやかしに過ぎないんだなあ。

 

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こんな記事を読んで思っていたことを書いた。

huyukiitoichi.hatenadiary.jp

 

そして、こんな記事もあったので。

lite-ra.com

 

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