シアワセの容相

あしたはこっちだ

小中学生は足し算を正しく理解しているか? - 正しさは人によってちがうのだけれど

たぶん他の家庭教師はやらないことなのだけれど、私は特殊な事例を除いてほぼ受け持ったすべての小学生、中学生、高校生に対して、小学1年生の算数の復習から数学(算数)の指導をスタートする。なにしろ、学校で教えられる教科のなかでも数学はことさらに積み上げが重要な学問だ。四則演算ができない生徒に方程式を教えようとしても無理だし、方程式がわからない生徒に一次関数を指導してもすぐに行き詰まる。ひとつひとつパズルのように組み立てていかなければならない教科だから、そのピースが欠けていないことを確認することは重要だ。そして、四則演算は算数のなかでももっとも基礎であり、それは小学校1年生の最初からはじまっている。だから私は、たとえ国立難関校を目指す高校生であっても最初にこう尋ねる。「小学校1年生の算数のいちばん最初に、何を習いましたか?」と。

 

中学生、高校生は、ほとんどが「1たす1」とか「足し算」と答える。これはまちがい。小学生でもけっこう多くはそう答えるが、なかには記憶力のいい子どももいて、「数をかぞえるやつ」みたいに割と正確な答えをする。十進法の位取り記法をマスターしておかないと、足し算の繰り上がりの概念がわからず、当然ながら引き算、掛け算、割り算と進むことができない。だから、このあたりの解説も、割としつこくやる。高校生なんかは、逆に新鮮に感じられるようだ。

その上での足し算だが、何十人も同じことをやってるうち、セリフはほぼワンパターンに落ち着いてきた。「1+1を教えるのに理屈はありません(と、指を1本立て、もう1本立てる)。2+3でも同じです(ただし、これを『かたっぽうに寄せる』という概念で説明することができると教えてくれた小学生がいた。これはなかなか有効なやり方だ)。教えないとどうしてもうまくいかないのが、これです(と、7+8を書く)。さて、7+8は、どうやって計算しますか?」と。

ここで「=15」みたいに書く生徒に対しては、「じゃあ、どうやってその15を出したの?」と尋ねる。さらにキョトンとしている生徒には、「小学校1年生で足し算を知らない生徒になんで15になるかを説明するとしたら、どうやってやる?」と尋ねる。そこまで言って、こちらの意図が飲み込めない生徒はほとんどいない。

小学校の算数の教科書には、(教科書によってちがうが)複数の方法が提示してある。もっとも推奨されるのが、

まず、「7といくつで10になりますか?」と考えます。7と3で10になるので、8を3と5に分けます。この3と7で10になるので、残りの5と合わせて10と5になります。これは15とあらわします。

という方法だ。この方法は私の知る限りでも半世紀以上前から採用されている足し算の説明で、繰り上がりの基礎概念になる。どうやら最近では、これを「さくらんぼ計算」というジャーゴンで表現しているらしい。それはそれで、視覚的な特徴をとらえているので、べつにかまわない。

だが、多くの小中高生に質問してきて、彼らがどう計算しているかということを確認すると、決してこの方法、そこまで支配的ではないということがわかる。だいたいは、「どうやって計算する?」という質問に対しては「ふつうに」という答えがいちばん多いのだが、「キミのふつうは、どういうの?」と尋ねると、かなりバラエティに富んだ答えが得られる。

もちろん、最大多数派は、上記の教科書的な繰り上がりだ(体感的に70%程度)。だが、そのバリエーションもある。8を分けるか7を分けるかというのはまだバリエーションというほどのものでもない。両方を、「5と2」「5と3」というふうに分けてしまい、「5と5で10、2と3で5、あわせて15」と説明した生徒もいた。これは一見奇妙だが、考えてみれば十進法というのはもともと人間の指の数にもとづいているものであり、人間の指の数は片手5本なのだから、5と端数に分割していくというのはけっこう合理的なのだ。

そういった理屈に則った方法だけが流通しているかというと、決してそうではない。この仕事を始めた頃に出会って衝撃を受けたのは(その後は中学生に関しては同じようなケースには出会ってないので割と特殊だったのかもしれない)、いわゆる「指折り算」で説明した生徒だった。つまり、7本の指を折っているところに8回指を折るのを追加していき、指を折りながら「8、9、10…」と数えていくわけだ。実はこの方法も、序数と基数の概念がないとうまくいかない方法らしく、世の中にはもっといろんなプリミティブな方法があるらしい。だが、こういった方法のままでいたのでは、さすがに数学へと積み上げをしていくのはむずかしい。だから、こういう場合には、繰り上がり概念がつかめるようにしっかりと指導をする。

そして、学力の高い低いに無関係に比較的広く分布しているのが、「覚えてしまっている」生徒だ。「7+8をどうやって計算してる?」「それは15と覚えています」というパターン。こういう生徒でも、しつこく質問すると、繰り上がりの操作をきちんと説明できる生徒もいる(できない生徒もいる)。根拠があろうがなかろうが、覚えてしまっている生徒はある意味無敵だ。そして、けっこう計算には不自由していない。だからなおのこと、足し算の論理なんか考えようともしてこなかったのだろう。

 

白状すると、私自身が繰り上がりの概念を理解しない小学生だった。で、まさにこの7+8=15というのを暗記し、そこから展開させてすべての足し算をやっていた。たとえば7+9というのがあれば、それは足す数が1大きいのだから、答えも1大きくなって16、みたいな理屈だ。1桁と1桁の数の足し算は最大でも18までなのだから、繰り上がりといっても覚えてしまえる組み合わせに還元できる。そして、実際にそうやって乗り切っている生徒は決して無視できるほどの割合ではない。(なかにはそういった「足し算の九九」の暗記を推奨する教師までいる!)

私としては、自分がそうやっていた手前でもないのだが、生徒のやり方を変えようとは思わない。ただし、それでも繰り上がりの概念は、ここで改めてしっかり教えておく。なぜならそれをやっておかないと、繰り下がりのときに困るからだ。ちなみに繰り下がりの方法は、教科書でも標準で2種類の方法が提示されていて、実際に細かなバリエーションまで入れると、足し算以上に多様になる。だが、いずれにせよ、基本となる十進法の位取り記法との関係性を意識させないと、上には積み上がらない。そこを理解した上で、実用的な方法として生徒がどういう手法を取ろうが、それは私の知ったことではない。

 

ここで重要なことがひとつある。まったく足し算のできない小学1年生やそこでつまづいて完全に算数を放棄してしまったそれより上の生徒を除けば、こういった足し算の理論を理解するのに「練習問題」とか「ドリル」は不要だということだ。既に足し算の技法を何らかの方法で身につけている生徒なら、理屈は一度聞けばわかる。2桁目に繰り上がる足し算ができない生徒には理屈を説明した上で練習させる必要はあるが、10分もやればたいていはわかってくれる。

そして、このあたりをしっかり押さえた上で桁の多い足し算に進むと、筆算の理屈とかも1分以内の説明で済む。確かに筆算を正確にやるためにはドリルとかも必要なのかもしれないが、ほとんどの生徒は学校で必要以上のドリルをねじ込まれてるんで、こっちはそこを整理してやるだけでたいていは事足りる。それでも、ともかくも、基礎を一つ一つ、誤解がないかチェックしていくことは重要。

 

どうしてこういうことを学校でやらないのだろうと思う。そういう私の思いに対しては、学校教師は「いいえ、ちゃんと理解度のテストをやって次の単元に進んでいます」と怪訝な顔で答えるだろう。しかし、テストで何がわかるというのか? テストで正解を取るためには、理解は不要だ。教師に言われたとおりにできるように練習を積めばそれでいい。それをもって「理解」とするのは、まるで絵に描いた餅を見て満足するようなものではないのか。

理解しているかどうかは、ストレートに聞くのがいちばんだ。たとえば中学生に「なぜ2x+3x=5xになるの?」と尋ねてみればいい。それがきちんと答えられる生徒と、その問題を解ける生徒と、必ずしも同じでないことがわかるはずだ。そして、どちらが指導要領の求める学習指導の成果を体現しているかは、考えなくてもわかる。

算数や数学は、いくら理屈がわかっても答えが出なければ意味はない。しかし、正確な答えが出ることだけをもって算数や数学の目標と思ってはならない。だって、正確な答えを出すだけなら、人間が手計算なんかするよりも電卓を叩いたほうがよっぽどマシなんだから。

 

こんな記事を読んで思った。もうちょっときっちり書きたかったけど、最近忙しくて…

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