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シアワセの容相

あしたはこっちだ

PTAの義務的参加は教育上よろしくない

PTAの問題は、巨大すぎてちょっと正面からは触れない。けれど同時に、子どもをもったら避けて通れない。PTA改革は地域差が大きくてそこそこに進んでいるところでは進んでいるようなので一概に批判ばっかりしているのもなんなのだけれど、少なくとも私の身近では、「入学したら原則全世帯加入、クラス役員は義務」というのがふつうなので、それがふつうになっている世界に対しては批判はしてもいいのじゃないかと思う。ちなみに、「原則」は原則で民法上は強制加入できないから、「PTA入りません」というひともなかにはいる。けれど、それはPTAの内部では「会費の未払い問題」的な扱いでしかなく、それがPTAの内部改革を促すものにはなっていない。そのあたりもなんだかなあ、という感じなんだが、あまり踏み込むのはやめておこう。

 

私は「そもそも論」が好きなので、そもそもPTAって何なのかというところに少しだけ触れておくと、これは2つの大きな歴史的事情を抜きにしては語れないと思う。1つは明治の学制発布だし、もうひとつは戦後の学制改革だ。後者に絡んでは、アメリカのPTA運動も絡んでくる。

学校と地域を語る上で何より重要なのは、明治の学制発布で創設された各地の小学校は、基本的に「むら」の財産だったということだ。どういうことかといえば、中央政府は「義務教育を実施する」と声高に宣言したものの、財政的な措置は何ら行わなかった。義務教育を実施するための資源を用意するのは地域に丸投げされた。この時代の行政単位はコロコロと変化したが、実体として存在し機能していたのは室町時代以来の歴史がある「むら」だったから、多くの場合(特に山村部では)「むら」が自力で小学校をつくった。詳しい資料とかを見てると面白いのだけれど、そのあたりを全部省略していうなら、「むら」の人々が金銭や労力を出しあって創り上げた小学校が、やがて町村制とともに自治体に吸収されていき、現在の公立学校になっていった。けれど、もともと「むら」のものだという意識は、強く地元に残った。だから、むらの運動会を小学校でするのはあまりに当たり前の感覚として、長く残った。むらの小学校を地元の人々が応援するのは当然の感覚だった。実際、私の祖父は戦後しばらくしてある小学校のPTAの会長をつとめたのだけれど、それは既に子どもたちが成人して以後のことだった。つまり、学校を支援する組織は、地縁によって形成されていたのであり、単に「子どもが学校に通っているから」といった直接的な利害関係によって成立していたのではないわけだ。第二次大戦前には、「学校を地域で支える」感覚がふつうだったこととその背景は、PTAを考える上で忘れてはならないことだと思う。

そういう素地があったところに、戦後の「民主化政策」のなかで、アメリカのPTAをモデルにしたPTAが生まれることになった。合衆国のPTAは、全国組織として最古・最大のボランティア団体ということになっているそうだが、その歴史は1897年の母親大会に遡るらしい。その理念を日本に持ち込もうとしたのがGHQであり、戦後の教育制度改革のなかでそれが定着していく。このあたりは、シロウトの私がどうこう言うよりも、専門家の文献でも見てもらったらいいだろう。

PTAの歩みと現状(仲田陽一, 1981)

「むらの小学校」という素地があった上にアメリカのかたちを乗っけたPTAは、合衆国で果たしていたアドボカシー的な役割を放棄し、単なる学校の下請け、学校の支援組織として日本に定着した。そういうふうにまとめてもいいのかもしれない。言葉を替えれば、明治政府が音頭はとったものの実施を地域に丸投げにした伝統を受け継いで、公的な教育において不足するリソースを地域から吸収するための機関としてPTAが必要とされたといってもいいのかもしれない。「全加入」の原則がなぜ生まれたかを考える上で、このあたりは重要。

 

さて、そういう歴史を踏まえてみると、複数の立場からPTAの批判が可能なことがわかる。根本的には「そもそも公教育は公的なリソースの配分によって行われるべきである」とする立場からの批判だろう。つまり、無償で行われるべき義務教育においてそれが子どもたちの家庭に何らかの負担を強いるのは実質的な有償であって、おかしいのではないかという視点だ。もうひとつは、ある程度の受益者負担を認めるにしても、それが現状のPTAでは機能していないのではないかという視点だ。他にもあると思うが、この2つはしっかりと分けておく必要がある。

私は根本的には前者の立場で批判をしたいのだけれど、「じゃあ、本当に税金だけで学校が運営できるのか?」という実務的な財政論にまで踏み込まれたら、しっかりした議論ができる自信がない。あるいは、そこまで踏み込むのならそもそも公教育がどのように運営されるべきかという理念にまで遡らないとやってられないという気がする。だから、この立場はとりあえず封印するとする。

その上で、「現在のPTAは学校の下請け機関、支援機関としての役割を果たせていない」ということを、自分自身の経験から主張したい。小さな経験であり、一地域のささやかな事例である。当然、「それは一般論ではない」という指摘は十分に予想できる。だが、問題提起としては十分だろう。

 

もう8年近くも前になる。息子が小学校に入ったときに、私はクラス役員に立候補した。これは、「クラス役員は6年間の間に絶対に回ってくる。高学年になって役員になったら、いろいろ大変だ。1年生の間は『何も知りません』で通せるから、同じやるなら早いうちにやっといたほうがいいよ」というアドバイスを妻がもらってきたからに過ぎない。なにもPTA活動を積極的にやろうなんてボランティア意識が強かったわけでも何でもない。ちなみに、その時点で妻は毎日勤めに出ていたし、私は自営業なので比較的時間に自由がきいた。だから、PTAは私が分担するのが当然の成り行きだった。

さて、配属された委員会では、しょっぱなから代表選びで揉めた。案の定、1年生の親である私は「何も知りませんから」で選考対象からは落ちたが、最後にはじゃんけんで数名が決戦をした。このとき、不在者が何人かいたのだけれど、それは代理がじゃんけんに参加するというかたちだった。結果、不在者が代表に決まった。

「そんなんでええのん?」と思ったが、「公平」をたてにそれで進むことになった。結局その代表者は1回だけ集まりに顔を出したが、仕事があるからということで基本は欠席となった。それでも、副代表ががんばってくれたおかげで、活動はそれなりに進んだ。

だが、その「活動」、「前年度を参考にしてもいいですけど、基本的にはみなさんがやりたいことをやるようにしてください」と、タテマエは会長が強調していたものの、完全に前年度のコピーでしかなかった。それも、およそ誰も価値があると評価しないような印刷物の作成だったりアンケートの実施だったりだ。「これって意味ないよね」みたいなことを、先輩委員たちは平気で言う。「じゃあ、やめましょうよ」って思い切って言ってみたら、「でも、することがなくなっちゃうし」との反応。「もっといい企画とか考えましょうよ」的な誘い水をかけても、迷惑そうな顔。

ここで気がついた。誰も「PTAで学校をよくしよう」みたいな理想でPTAに参加していない。そうではなく、(私を含め)「義務だから」来ている。もしもそこで「何が本当に学校のため、子どもたちのためになるか考えましょうよ」みたいなことを言っても、それは嫌々来ている参加者に新たな負担を強いるだけにしかならない。「私は最低限の仕事をしてさっさと帰りたいのに、余分な仕事をふやしてほしくない」というのがどう考えてもホンネだ。そして、最低限の仕事なら、前年度のものをそのまんまやるのがベストだ。新たな企画を立てるのはエネルギーを必要とする。そんな余分なエネルギーなど、誰がくれてやるものか!

そして、結果として作業は非常に非効率的になる。もともと獲得目標が曖昧なものだから「去年こうしていたみたいだから、同じようにやりましょうよ」という姿勢から一歩も出ない。「こういう目的ならこの方が絶対に手数がかからず楽なのに」というアイデアがあっても、その目的が本当にそうなのかどうか、誰も確認しようとしない。結局、アイデアは潰れる。

それでも、たとえば多少エクセルやらワードのスキルがあるひとがそこに参入すると、その作業の部分だけでも効率化する。効率化すると、時間が余る。その余った時間、さっさと帰らせてくれるかといえば、他のチームが終わるまでは帰れない。無駄話でもするしかない。

それが「情報交換」的な価値をもつのなら、そういうのもいいだろう。けれど、そういう有意義な話にはなぜかならない。私自身は別に女性を苦手にすることもなくけっこう世間話ぐらいはできる方だと思うのだが、やっぱり基本的に女性しかいない場所に一人男性がまじると、敬遠されるようだ(その年度のPTAクラス役員、本部役員全員のなかで男性は私一人だった)。仕事もなく、かといって何か改善する提案ができるわけもなく(それは仕事を増やす有り難くない申し出になってしまう)、無意味な時間を過ごして帰ることになる。ちなみに、この学校では教室使用の関係で、基本的にPTAの集まりは平日午前と決まっていた。そのためにわざわざ仕事の都合をつけて来ているひともいたのに、あの無意味さはほんと、つらかった。

 

このPTA活動を通じてつくづく思ったのは、義務で人を集めておいてもろくなことはない、ということだった。もちろん、義務で集められてそれなりの貢献になると思えるような場面もある。たとえば夏祭りの準備とか、そういうのにはそれ以後も何度も駆り出されたけれど、目的と仕事が非常にはっきりしているから大丈夫だ。ところが、目的もないまま(あるいは漠然と「子どもたちの安全を守りましょう」みたいな具体像を欠いた目的を提示するだけで)「義務だから」と人を集めても、そこには何も生まれない。理念としてはその目的も人々が集まって作り上げていくものではあるのだけれど、義務的に集まった人々の間からは目的そのものが生まれない。

目的がなく義務的に集まっているだけだから、最低限の労力で義務が果たされればそれがベストということになる。日本ではどういうわけか成果よりも「マジメであること」のほうが評価されるから、欠席せず、出てきたら与えられた仕事をきっちりとこなすことが、義務を果たす最良の方法となる。そのためにはまず仕事が与えられていることが重要だ。そして、前年度の実績は、その参照項目として最も説得力がある。こうして、それが必要かどうかの評価は一切なく、同じことが繰り返される。

泣きたくなるのは、そうやって耐え忍ぶ一年間を過ごして、「私は最初PTAは嫌だと思っていましたけれど、1年やって、みんなと力を合わせることの大切さを知りました」とか、「同じ学校のお母さんたちと知り合いになれてよかったです」とか、なんなんだろう、このポジティブな評価は、と思うような感想が続出していたことだ。力なんか合わせてないだろう、愚痴を言ってただけだろうとか、親睦が目的なら黙ってケイタイの画面ばっかり見てないでなんか言ったらどうだったのとか、よっぽど私の洞察力が足りないのか、ホンネとはかけ離れたようなことを、それもまるで本心からのように言っている人たちがいた。危うく人間不信に陥るところだった。

 

まあ、社会とはそういうものだと肩をすくめてしまってもいいのかもしれない。だが、問題は、それが行われているのが子どもたちの教育の場である学校だということだ。子どもは親の背中を見て育つ。親が、「無意味だけれど評価される」ことにうつつを抜かしているのを見た子どもたちは、それが正しいことだと思いはしないだろうか。あるいは、親が愚痴をいいながらPTAに出掛けているのを見た子どもたちは、文句をいいながら意にそぐわない職場に出るのが人生だと思わないだろうか。

 

もしもPTAが学校の下請け、学校の支援をするための組織であるのなら、そしてその現状を急激に変えるわけにいかないのなら、せめてこの無意味な義務感だけはやめて欲しいと思う。そうでなければ、誰も幸せにならない。膨大なムダがここで消費されて、結局は学校だってそれで助からない。これは本当。PTAからの学校の貢献って、教師がPTA関係で負担する時間的拘束や事務作業に比べたら、ほんと、たかが知れてるんだから。