シアワセの容相

あしたはこっちだ

人に死ぬ時期を決める自由はない、という話

半年ほど前から、老齢の父親の調子がよくない。それでもどうにか生きながらえて年を越すことができた。感謝すべきなのだろう。

だが、素直に喜べないのは、病床にあって父親が日々苦しんでいるのを知っているからだ。循環器系にガタがきていて、身体全体に酸素が足りない。高山で生活しているようなもんだから、とにかくしんどい。そのしんどさを耐え忍んでも、その先にそれが改善する見込みはほとんどない。よくて現状維持、わるければ、いつでも最期がくる。そういう状態でいる人を前に、それでも「生きていてよかったね」とは、素直に言えない。

父親は、決して命に未練があるタイプではない。むしろ、無意味な延命治療はしてくれるなと、これは元気なうちからずっと言い続けてきた。過去に何度か大病を生き延びてきているので、医療に対する信頼は厚い。治る病気なら、現代医学の力で必ず治るものだと信じている。そして、治らないのなら、ムダな抵抗はせずにそこで打ち止め、ぐらいに考えている。数え年なら米寿を超えているので、十分にいい人生を全うしたといえるだろう。

だから、家族としても、無理な治療をするつもりはない。いや、意識はしっかりしているから、治療方針に関して基本的には父親自身がすべて自分の意志で決めてきた。だが、それがどうにも曖昧なところに落ち込んできている。というのも、どこまでが順当な医療で、どこからが無理な延命策なのか、それがだれにもわからなくなっているからだ。

素人考えだと、その区別は簡単だ。日常に後戻りできない一線を越えたら、それは単なる延命手段になる。たとえば人工呼吸装置は、高齢者の場合はふつう、いったんつけたらもうはずすことができない。だからそういうことさえしなければ、無理な延命治療をおこなわないという父親の意志を尊重できるのだろうと思っていた。

しかし、人間の身体は思ったよりも頑丈にできている。最初に、「あ、これはもう死ぬんだな」と思ったのは、夏にいったん退院して、自宅で安静にしているときだった。とにかく夜眠れないし、ベッドから起き上がるだけで限界に達するほど力が失われている。この状態ではいつ死んでもおかしくないと思った。ところがその最低の谷底を越えて、父親は復活をはじめた。秋が深まる頃には、休憩しながらではあるけれど、ずいぶんと長い散歩をできる程度まで体調を戻した。そのとき私は、「ああ、諦めてはいかんのだなあ」と、しみじみ感動した。父親に付き添って(子どもの頃とはすっかり風景が変わってしまったが)故郷を散歩できるのが、ほんとうにありがたかった。

ところがそこから10日とたたないうちに、再び体調が落ち込み、三度目の入院となった。このときには心臓の動脈に狭窄部が見つかったということで、そこを広げる手術をすることになった。高齢ではあるし、放置するという選択肢もあった。だが、放置すればその先に待っているのは遠くない死だ。手術は危険ではあるが、確率は低いものの、手術の成功によって心臓の不良部分が再起動する可能性もある。それを聞いた父親は、まるでヤクザが殴り込みでも行くような勢いで「決着をつけてくる」と啖呵を切って手術室に向かった。「失敗したら死ぬんだなあ」と、私は覚悟を決めた。けれど、手術そのものは成功した。

ただ、ダメージを受けた心筋は再起動しなかった。微妙なのは、それでもこの手術がそれ以上の病状の悪化をとりあえず食い止めたということだ。心臓はもともと悪かった。それが一気に崩壊するところは、なんとか食い止めた。ということは、うまくすればまた、近所を散歩できる程度まで復活する可能性は残された。私はそう解釈した。

だが、実際には、そこから病状はジリジリと悪化への一途を辿った。強心剤その他の薬物でどうにかもたせているだけで、いつ急なことがあっても不思議ではない。食事もとれなくなって、栄養補給は点滴に頼るようになった。なによりも息をするのも苦しく、「さっさと死なせてくれ」という弱音も出てくる。そんな苦しみを訴え続ける日々が1週間以上も続き、ついに緩和ケアとしてのモルヒネ投与をおこなうという決断を迫られた。これに関しては、この苦しみのなかで父親自身が望んだことでもある。家族としても「見ちゃおれん」という感覚で、それを緩和ケアチームの医師にお願いした。そして、「いよいよこれがゴールへの最後の直線コースなんだな」と思った。だから、連絡すべきところにもすべて連絡した。いよいよお別れが近い。そんなふうに思って、気持ちの上では「看取り」の態勢に入った。

ところが、モルヒネ投与を1週間ほど続けるなかで、なぜか身体の状態が改善してきた。徐々に投薬を減らし、そして、モルヒネも減らし、ついには離脱することになった。食事がとれない状態で栄養補給のための点滴を続けているからベッドを離れることはできないが、調子のいい日には軽い冗談をいえる程度にまで回復した。驚くべきことだ。

だが、医学的には何も変わっていない。検査の数値は、苦しんでいたときとほとんど変化はない。そして、また間欠的に苦しむ日が多くなりはじめた。数時間、少し楽になるときもあるが、たいていは苦しい状態が続く。それがいまの現状だ。再び、「いつ死んでもおかしくないな」と感じられるようなところまできている。

さて、いま父親は、人工的な栄養補給で生きている。この点滴のチューブを外してしまえば、おそらくは10日程度で栄養失調で死ぬだろう。それ以前に栄養状態の不良から他のトラブルを引き起こして死ぬ可能性も高いと思う。つまり、点滴によって延命させられている状態だと言えなくはない。本人の意志(おそらくそれは現在でも変わらないだろう)によれば、延命治療は拒否である。では、この点滴のチューブを抜いてしまうべきなのだろうか?

たしかに、全体的な流れからいえば、父親の健康は徐々に悪化していて、確実に死期に向かっている。だが、その途中には、散歩に出ることやリハビリの運動をこなすこと、好物を「おいしい」といって味わうこと、気の利いた冗談を飛ばすことなど、「もうダメだ」と思わせておいてそれをいい意味で裏切るような回復を何度も見せている。いくら奇跡が起こっても、1年前にそうしていたようにゴルフの練習に出かけ週1度はコースに出るというような生活に戻ることは不可能だろう。けれど、弱々しくとも人間として、人間らしい幸福な時間を過ごすことは、この先も可能かもしれない。そして、もしもそれが可能であるのなら、これは単なる延命ではない。それは回復への途上の医療行為であり、十分に意味のあることだ。

私には、いったい現状をどうとらえていいのかわからない。そして、それは父親自身がそうなのだ。少し状態のいいとき、父親は「これは病気なんか?」と私に聞いた。その意味することは、すなわち、「治る見込みがあるのか」ということだ。医療に対する信頼の厚い父親の感覚なら、もしもこれが病気なのであれば、必ず医師は自分を救ってくれるはずだ、となる。であるのなら、まだまだこの苦痛を耐え忍ぶことはできる。けれど、父親の感覚でいうところの「老衰」なのであれば、それはもう後戻りはない。治らない。ならば、さっさと死なせてほしいというのが父親の真意だ。そして、私は困ってしまう。私だけではない。関係者一堂、困り果ててしまう。

医学的には、回復はない。だが、それがすなわち、「あとは死ぬだけ」ということを意味しない。回復せずとも、まだまだ人生を続けられるのかもしれない。その人生に意味があるかどうかを、医学は教えてくれない。いや、どんな人生であれ、そこに意味をもたせることができるかどうかは、本人だけが決めることができる。そして、残りの人生があるのかどうかを、医学は確率論的にしか予想できない。

もしも「余命1ヶ月」というような確実な数値が与えられるのであれば、どれほど楽だろうと思う。だが、それを医学に期待することはできない。一般に人間は明日死ぬかもしれないし、1年後に生きているかもしれない。父親の状態は、明日死ぬ確率、1年後に生きていない確率が、健康人よりもはるかに高くなっているということでしかない。そういう人に対して、「これは延命治療だから」と言って現在の命の綱を切るわけにはいかない。

明瞭な意志として延命治療を拒否し、家族もそれを完全に尊重しようとしている父親のようなケースでさえ、いったいどこからが延命治療でどこまでがそうでないのかは、どうにも割り切れない。割り切れない以上、ずるずるとでも、とにかく治療を続けてもらうしかない。そして、医師の側にも、治療を中断することによって死に至ることが明らかな場合に治療を中断することはできないという倫理上の縛りがある。主治医自身が「延命のための延命はしません」という方針に当初から同意していても、「じゃあいまの状態はどうなんですか?」という問いには、明瞭な答えは出せない。

こういった苦悩は、たとえ安楽死を制度として認めてしまっても続くのではなかろうか。父親自身が、「もう死なせてくれ」みたいなことを言ったあとで、「今日は気分がええなあ」と退院を心待ちにするような日を迎えたことさえある。仮に医師の診断書付きで安楽死を決断しても、それが一過性の「もうダメだ」という幻に過ぎないのではないかという疑いは、永遠に拭えない。

生と死は、しょせん人間の自由にならないものだ。あーあ、自由が基本的人権だなんて、まやかしに過ぎないんだなあ。

 

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こんな記事を読んで思っていたことを書いた。

huyukiitoichi.hatenadiary.jp

 

そして、こんな記事もあったので。

lite-ra.com

 

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