「敬語」は「敬語」じゃない - 文法教育に存在するバグ

敬語は不要ではないか。誰もがそう思う一瞬があるだろう。けれど、なくならない。それには理由がある。

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敬語がなければ、日本語が日本語にならない。なぜかといえば、敬語は日本語文法の中にしっかりと食い込んでいるからだ。だから、敬語は本来文法知識として整理して教えるべきなのだが、なぜだか国語教育ではそういう扱いをされていない。おい、言語学者!なにをやってる!

敬語(デジタル大辞泉
話し手または書き手が相手や話題の人物に対して敬意を表す言語表現。日本語では敬意の表し方によって、ふつう、尊敬語・謙譲語・丁寧語の3種に分けられる。敬譲語。→尊敬語 →謙譲語 →丁寧語 →待遇表現

これ、ちがうからね。いや、確かに「敬意を表す」場面で使われる。けれど、それが何のためにという説明が根本的に抜けている。目的がわからないから、「敬意は態度と気遣いで示せばいいやろ」というような誤解が出てくる。「敬意を示すこと」が目的なんじゃないから。

じゃあ、敬語というものを使う目的はなんなのかといえば、それは日本語を使ったコミュニケーションを円滑に進めるためだ。耳で聞いて(あるいは文字として読んで)理解しやすい表現をつくりあげるためだ。どういうことか?

 

日本語の特徴として、「主語がない」というのがよく指摘される。これは和文英訳なんかしてるとすぐに気がつくことだ。あるいは、下手くそな和訳を読んでいて目につくこと。英語の「I」とか「You」をいちいち「私」「あなた」と訳していたら、可読性が著しく低い日本文ができあがる。日本語に主語がないわけではないが、出現頻度が著しく低い。

だが、意味論からいえば、これはおかしなことだ。「主語」とは動作の主体のことであり、動詞があったら必ずその主体としての主語がなければならない。英語は神経質なぐらいにその主語を特定していく文章構造を持っている。日本語はそうではない。そうではないけれど、やはり動作主体としての主語は存在する。ただ、文法規則によって、それを明示的に書かない。言わない。


その文法規則の第一は、「いったん主語が特定されたら、次の主語が出てくるまではその主語が主語としての地位を継続する」というものだ。あ、これって学校で教えてくれないからね。なんでこんな重要な文法規則が中学校の教科書に載ってないんだと思うんだけど、そのぐらい、自分が使う言語についてはみんな見えなくなってしまっている。けど、ちょっと意識して文章を見てほしい。たとえば作文で、「私は就活に失敗しました。いま、コンビニでアルバイトをしています」みたいなことを書くときに、絶対に2番めの文に「私は」を書かないはず。もしも書いたら、「まともな日本語も書けないから就職できないんだ」みたいに皮肉を言われるかもしれない。主語を改めて書くのは、前から続いてきた主語が変化するときだけ。ただし、ここで言う主語は、代表的には「は」系統の助詞で特定される主語。「が」系統の主語は臨時の主語だから、1回限りしか使えない。こういう「は」と「が」の使い分けは、主語を省略していくうえでものすごく重要だから、これが下手くそな人の文はだんだん何が言いたいのだかわからなくなってくる。

そして主語を省略する文法規則のもうひとつが、「敬語」だ。たとえばここまでの文で私は文例中以外では「私」という主語を使ってこなかったが、たとえば「なんでこんな重要な文法規則が中学校の教科書に載ってないんだと思うんだけど」という部分の「思う」の動作主体が書き手である「私」だということは書かなくてもわかる。つまり、ここでは主語を省略している(英語だったらもちろんI thinkと主語と動詞をセットにしなければならないのは言うまでもない)。なんで省略できるのかといえば、「思う」という敬語を含まない表現に対応する主語は基本的には「自分」でしかないから。

つまり、敬語表現は、それが存在することによって主語が特定できる、という機能を担っている。いったん特定できた主語は次の主語が出てくるまでは主語であり続けるから、うまくすれば最後まで主語が文字(あるいは音)としては出てこない文というものをつくることができる。たとえば「本企画についてご検討いただけませんでしょうか」というような文では、「検討いただく」という敬語表現が入っているから、主語は相手であることが明瞭になる。「先日ご来訪いただい折にご説明申し上げた内容についてご理解いただけるならすぐに進めさせていただきます」というようなややこしい文でも、「来訪」したのは相手で「説明」したのは自分で、「理解する」のは相手で「進める」のは自分だということが、敬語表現からはっきりする。もしも英語でこれをやろうと思ったら、「I would like to start right away if you think it is alright to go along with the idea I described at the meeting when you visited our office」みたいに「I」やら「you」やらがどっと入ってくるはず。日本人的感覚だと、こういうのは非常に煩雑で、コミュニケーションを阻害する。そこで動作の主体を的確に表す方法として、「敬語」というものが導入されたと、まあ「導入の経緯」はウソだけど、そう思ってもいいんじゃないだろうか。

また、英語をやってて気づくのは、所有格がやたら出てくることだ。たとえばfatherとかmotherというような名詞は、通常は必ず所有格とセットで用いられる。なぜかといえば、父親や母親は、必ず誰かから見ての父親・母親なのであって、だれから見てのものかを特定しないことにはその身分になれない。だから、my fatherとかhis motherのように、ふつうは所有格をつける。ところが日本語では、ふつうはそうしない。その代わり、「父」といえば話し手の父親だし、「お父さん」とか「お父上」といえば相手の父親だとわかる。自分の親のことを「ご尊父」なんていったらおかしいというのは、敬語表現としておかしいということ以上に、だれの「父」なのか特定が混乱するからだ。「お許し」といったら、相手の許可であって自分の家族の許可ではないことは、敬語表現から明らかなわけだ。

 

つまり、敬語というのは本来は敬意を表すためのものではなく、動詞の動作主体や名詞の所有者を特定するために必要な文法要素だ。敬意なんてのは、本来はどうでもいい。ただし、そこに古来の長幼の序という常識を当てはめないことには、正しい使用法ができない。そして長幼の序みたいなのが時代遅れじゃないか的感覚が生まれると、「敬語不要論」みたいなのが出てくる。

しかし、重要なのは、日本人にとって、動詞や名詞の変化によって主語を特定する方法が文法規則に組み込まれているということなのだ。だから、何も封建的な序列を使う必要はない。もしも必要なら、それに代わった語形変化を導入すればいい。ただし、そういった語形変化を一切廃止したら、一行ごとに「私」とか「あなた」とか「彼」「彼女」が出てくる変な日本語を喋らなきゃいけなくなる。ま、それが変だと思うのが変な時代が来るのかもしれないが、当面は、それが変だと主張する方に歩があると思う。

 

だから、敬語は廃止できない。「敬語」という呼び方は、廃止したほうがいいと思うけどね。あー、国語教師! なんとかしてくれ!

 

 

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追記:

この内容、以前、id:zetakunさんのこちらの記事

www.chishikiyoku.com

を見て書きたかったのが、タイミング逃して今頃になった、というものでもあったりする。ほんと、日本語って、けっこう誤解されてるよ。

PTAの義務的参加は教育上よろしくない

PTAの問題は、巨大すぎてちょっと正面からは触れない。けれど同時に、子どもをもったら避けて通れない。PTA改革は地域差が大きくてそこそこに進んでいるところでは進んでいるようなので一概に批判ばっかりしているのもなんなのだけれど、少なくとも私の身近では、「入学したら原則全世帯加入、クラス役員は義務」というのがふつうなので、それがふつうになっている世界に対しては批判はしてもいいのじゃないかと思う。ちなみに、「原則」は原則で民法上は強制加入できないから、「PTA入りません」というひともなかにはいる。けれど、それはPTAの内部では「会費の未払い問題」的な扱いでしかなく、それがPTAの内部改革を促すものにはなっていない。そのあたりもなんだかなあ、という感じなんだが、あまり踏み込むのはやめておこう。

 

私は「そもそも論」が好きなので、そもそもPTAって何なのかというところに少しだけ触れておくと、これは2つの大きな歴史的事情を抜きにしては語れないと思う。1つは明治の学制発布だし、もうひとつは戦後の学制改革だ。後者に絡んでは、アメリカのPTA運動も絡んでくる。

学校と地域を語る上で何より重要なのは、明治の学制発布で創設された各地の小学校は、基本的に「むら」の財産だったということだ。どういうことかといえば、中央政府は「義務教育を実施する」と声高に宣言したものの、財政的な措置は何ら行わなかった。義務教育を実施するための資源を用意するのは地域に丸投げされた。この時代の行政単位はコロコロと変化したが、実体として存在し機能していたのは室町時代以来の歴史がある「むら」だったから、多くの場合(特に山村部では)「むら」が自力で小学校をつくった。詳しい資料とかを見てると面白いのだけれど、そのあたりを全部省略していうなら、「むら」の人々が金銭や労力を出しあって創り上げた小学校が、やがて町村制とともに自治体に吸収されていき、現在の公立学校になっていった。けれど、もともと「むら」のものだという意識は、強く地元に残った。だから、むらの運動会を小学校でするのはあまりに当たり前の感覚として、長く残った。むらの小学校を地元の人々が応援するのは当然の感覚だった。実際、私の祖父は戦後しばらくしてある小学校のPTAの会長をつとめたのだけれど、それは既に子どもたちが成人して以後のことだった。つまり、学校を支援する組織は、地縁によって形成されていたのであり、単に「子どもが学校に通っているから」といった直接的な利害関係によって成立していたのではないわけだ。第二次大戦前には、「学校を地域で支える」感覚がふつうだったこととその背景は、PTAを考える上で忘れてはならないことだと思う。

そういう素地があったところに、戦後の「民主化政策」のなかで、アメリカのPTAをモデルにしたPTAが生まれることになった。合衆国のPTAは、全国組織として最古・最大のボランティア団体ということになっているそうだが、その歴史は1897年の母親大会に遡るらしい。その理念を日本に持ち込もうとしたのがGHQであり、戦後の教育制度改革のなかでそれが定着していく。このあたりは、シロウトの私がどうこう言うよりも、専門家の文献でも見てもらったらいいだろう。

PTAの歩みと現状(仲田陽一, 1981)

「むらの小学校」という素地があった上にアメリカのかたちを乗っけたPTAは、合衆国で果たしていたアドボカシー的な役割を放棄し、単なる学校の下請け、学校の支援組織として日本に定着した。そういうふうにまとめてもいいのかもしれない。言葉を替えれば、明治政府が音頭はとったものの実施を地域に丸投げにした伝統を受け継いで、公的な教育において不足するリソースを地域から吸収するための機関としてPTAが必要とされたといってもいいのかもしれない。「全加入」の原則がなぜ生まれたかを考える上で、このあたりは重要。

 

さて、そういう歴史を踏まえてみると、複数の立場からPTAの批判が可能なことがわかる。根本的には「そもそも公教育は公的なリソースの配分によって行われるべきである」とする立場からの批判だろう。つまり、無償で行われるべき義務教育においてそれが子どもたちの家庭に何らかの負担を強いるのは実質的な有償であって、おかしいのではないかという視点だ。もうひとつは、ある程度の受益者負担を認めるにしても、それが現状のPTAでは機能していないのではないかという視点だ。他にもあると思うが、この2つはしっかりと分けておく必要がある。

私は根本的には前者の立場で批判をしたいのだけれど、「じゃあ、本当に税金だけで学校が運営できるのか?」という実務的な財政論にまで踏み込まれたら、しっかりした議論ができる自信がない。あるいは、そこまで踏み込むのならそもそも公教育がどのように運営されるべきかという理念にまで遡らないとやってられないという気がする。だから、この立場はとりあえず封印するとする。

その上で、「現在のPTAは学校の下請け機関、支援機関としての役割を果たせていない」ということを、自分自身の経験から主張したい。小さな経験であり、一地域のささやかな事例である。当然、「それは一般論ではない」という指摘は十分に予想できる。だが、問題提起としては十分だろう。

 

もう8年近くも前になる。息子が小学校に入ったときに、私はクラス役員に立候補した。これは、「クラス役員は6年間の間に絶対に回ってくる。高学年になって役員になったら、いろいろ大変だ。1年生の間は『何も知りません』で通せるから、同じやるなら早いうちにやっといたほうがいいよ」というアドバイスを妻がもらってきたからに過ぎない。なにもPTA活動を積極的にやろうなんてボランティア意識が強かったわけでも何でもない。ちなみに、その時点で妻は毎日勤めに出ていたし、私は自営業なので比較的時間に自由がきいた。だから、PTAは私が分担するのが当然の成り行きだった。

さて、配属された委員会では、しょっぱなから代表選びで揉めた。案の定、1年生の親である私は「何も知りませんから」で選考対象からは落ちたが、最後にはじゃんけんで数名が決戦をした。このとき、不在者が何人かいたのだけれど、それは代理がじゃんけんに参加するというかたちだった。結果、不在者が代表に決まった。

「そんなんでええのん?」と思ったが、「公平」をたてにそれで進むことになった。結局その代表者は1回だけ集まりに顔を出したが、仕事があるからということで基本は欠席となった。それでも、副代表ががんばってくれたおかげで、活動はそれなりに進んだ。

だが、その「活動」、「前年度を参考にしてもいいですけど、基本的にはみなさんがやりたいことをやるようにしてください」と、タテマエは会長が強調していたものの、完全に前年度のコピーでしかなかった。それも、およそ誰も価値があると評価しないような印刷物の作成だったりアンケートの実施だったりだ。「これって意味ないよね」みたいなことを、先輩委員たちは平気で言う。「じゃあ、やめましょうよ」って思い切って言ってみたら、「でも、することがなくなっちゃうし」との反応。「もっといい企画とか考えましょうよ」的な誘い水をかけても、迷惑そうな顔。

ここで気がついた。誰も「PTAで学校をよくしよう」みたいな理想でPTAに参加していない。そうではなく、(私を含め)「義務だから」来ている。もしもそこで「何が本当に学校のため、子どもたちのためになるか考えましょうよ」みたいなことを言っても、それは嫌々来ている参加者に新たな負担を強いるだけにしかならない。「私は最低限の仕事をしてさっさと帰りたいのに、余分な仕事をふやしてほしくない」というのがどう考えてもホンネだ。そして、最低限の仕事なら、前年度のものをそのまんまやるのがベストだ。新たな企画を立てるのはエネルギーを必要とする。そんな余分なエネルギーなど、誰がくれてやるものか!

そして、結果として作業は非常に非効率的になる。もともと獲得目標が曖昧なものだから「去年こうしていたみたいだから、同じようにやりましょうよ」という姿勢から一歩も出ない。「こういう目的ならこの方が絶対に手数がかからず楽なのに」というアイデアがあっても、その目的が本当にそうなのかどうか、誰も確認しようとしない。結局、アイデアは潰れる。

それでも、たとえば多少エクセルやらワードのスキルがあるひとがそこに参入すると、その作業の部分だけでも効率化する。効率化すると、時間が余る。その余った時間、さっさと帰らせてくれるかといえば、他のチームが終わるまでは帰れない。無駄話でもするしかない。

それが「情報交換」的な価値をもつのなら、そういうのもいいだろう。けれど、そういう有意義な話にはなぜかならない。私自身は別に女性を苦手にすることもなくけっこう世間話ぐらいはできる方だと思うのだが、やっぱり基本的に女性しかいない場所に一人男性がまじると、敬遠されるようだ(その年度のPTAクラス役員、本部役員全員のなかで男性は私一人だった)。仕事もなく、かといって何か改善する提案ができるわけもなく(それは仕事を増やす有り難くない申し出になってしまう)、無意味な時間を過ごして帰ることになる。ちなみに、この学校では教室使用の関係で、基本的にPTAの集まりは平日午前と決まっていた。そのためにわざわざ仕事の都合をつけて来ているひともいたのに、あの無意味さはほんと、つらかった。

 

このPTA活動を通じてつくづく思ったのは、義務で人を集めておいてもろくなことはない、ということだった。もちろん、義務で集められてそれなりの貢献になると思えるような場面もある。たとえば夏祭りの準備とか、そういうのにはそれ以後も何度も駆り出されたけれど、目的と仕事が非常にはっきりしているから大丈夫だ。ところが、目的もないまま(あるいは漠然と「子どもたちの安全を守りましょう」みたいな具体像を欠いた目的を提示するだけで)「義務だから」と人を集めても、そこには何も生まれない。理念としてはその目的も人々が集まって作り上げていくものではあるのだけれど、義務的に集まった人々の間からは目的そのものが生まれない。

目的がなく義務的に集まっているだけだから、最低限の労力で義務が果たされればそれがベストということになる。日本ではどういうわけか成果よりも「マジメであること」のほうが評価されるから、欠席せず、出てきたら与えられた仕事をきっちりとこなすことが、義務を果たす最良の方法となる。そのためにはまず仕事が与えられていることが重要だ。そして、前年度の実績は、その参照項目として最も説得力がある。こうして、それが必要かどうかの評価は一切なく、同じことが繰り返される。

泣きたくなるのは、そうやって耐え忍ぶ一年間を過ごして、「私は最初PTAは嫌だと思っていましたけれど、1年やって、みんなと力を合わせることの大切さを知りました」とか、「同じ学校のお母さんたちと知り合いになれてよかったです」とか、なんなんだろう、このポジティブな評価は、と思うような感想が続出していたことだ。力なんか合わせてないだろう、愚痴を言ってただけだろうとか、親睦が目的なら黙ってケイタイの画面ばっかり見てないでなんか言ったらどうだったのとか、よっぽど私の洞察力が足りないのか、ホンネとはかけ離れたようなことを、それもまるで本心からのように言っている人たちがいた。危うく人間不信に陥るところだった。

 

まあ、社会とはそういうものだと肩をすくめてしまってもいいのかもしれない。だが、問題は、それが行われているのが子どもたちの教育の場である学校だということだ。子どもは親の背中を見て育つ。親が、「無意味だけれど評価される」ことにうつつを抜かしているのを見た子どもたちは、それが正しいことだと思いはしないだろうか。あるいは、親が愚痴をいいながらPTAに出掛けているのを見た子どもたちは、文句をいいながら意にそぐわない職場に出るのが人生だと思わないだろうか。

 

もしもPTAが学校の下請け、学校の支援をするための組織であるのなら、そしてその現状を急激に変えるわけにいかないのなら、せめてこの無意味な義務感だけはやめて欲しいと思う。そうでなければ、誰も幸せにならない。膨大なムダがここで消費されて、結局は学校だってそれで助からない。これは本当。PTAからの学校の貢献って、教師がPTA関係で負担する時間的拘束や事務作業に比べたら、ほんと、たかが知れてるんだから。

日米首脳会談を延期すべきたったひとつの理由

来月、日本の首相がアメリカを訪問して日米首脳会談が開かれることになったそうだ。やめといたほうがいい。そう思うのはもちろん私がトランプ大統領に嫌悪感をもっているからというバイアスが強いのだけれど、それを意識的に割り引いても、やめておいたほうがいい。なぜなら、これは日本の国益にとってマイナスになるから。

政治とは、取引ではない。ビジネスではない。私はそう信じている。けれど、この際、私の信じていることは脇に置こう。トランプ大統領は政治を取引(ディール)だと思っているし、日本の政治家のかなりの部分は政治と商売を混同している。彼らがとりあえずの当事者なのだから、彼らの次元で考えてみる。すると、もちろん取引は有利に進めたい。有利に進めるにはタイミングが重要だ。

新政権の発足時には、まだ政策の細部が固まっていない。その時期に会談を行って自分の側の主張を相手に認めさせておく。ふつうなら、これは重要。だから、新政権発足時にはできるだけ早く首脳会談を行う。このあたりまでは常識。だが、相手は常識の通じないトリックスターだ。おまけに、いまは就任直後の強気がトランプにある。まだはじまったばかりで失敗がない。開業したての医者のところに幽霊が現れないという落語のオチ同様、いまのところ失政のマイナス点がない。だから強気で攻めてくるだろう。これがまず、交渉を進めるにあたっては有利ではない。このあたりは、こちらの記事にも同じような論調がある。

www.zakzak.co.jp

上記記事では「半年ぐらいしてから交渉を」と書いてある。交渉以前に顔をつないでおくことは否定しないどころか、首相に「自分の印象を強く残す」ことを勧めている。これはやめたほうがいい。

なぜなら、ビジネスマンは交渉のしやすいところから切り込んでくるからだ。だから、ゴルフの趣味が合うとかファーストネームで呼び合うとか、うっかりそういう糸口をつけてしまったら、向こうのペースでどんどん食い込んでくる。トランプ大統領のスローガンが「アメリカ第一」である以上、彼が求めてくるのはロクなことではないということが最初っからわかっている。ならば、できるだけ取り付く島をなくしておいたほうがいい。

いや、交渉は、相手の要求を確認して、それに対してこっちの要求をぶつけることだというもっともな考え方もあるだろう。だから、アメリカファーストで要求をぶつけてくるこのタイミングはチャンスでもある。しかし、そのチャンスを最大限に活かすには、向こうの方からアプローチさせなければならない。これは交渉事のポイントだ。お互いの要求があるとき、最初の第一歩を譲歩したほうがだいたいは負けに決まってる。御用聞きのようにこっちからご機嫌を伺いに行ったら、その時点で負けは決まったようなもの。まずは向こうがアプローチしてくるのを待つというのが、こういう強気のセールスマンを相手にしたときの正しいやり方。

 

そして、何よりも重要なことは、トランプ大統領の好調は長く続かないということだ。これは就任前からもうわかりきっている。実際、既に、移民を巡って全国的に司法との対立がはじまっている。

www.fnn-news.com

www.jiji.com

アメリカは三権分立の本場だ。ここからその本領が発揮される。トランプがクーデターでも起こして憲法を停止しない限り、いつまでも「大統領令」だけに頼った政権運営はできない。

となると、もしもいま交渉を始めたら、1年後には身動きのとれないレームダック状態の政権と命運をともにしなければならなくなる。首相の個人的な趣味ならそれもいいのかもしれないが、日本全体がそれに巻き添えを食うのは御免蒙りたい。

トランプ相場も終わりが見えてきた。終わりが見えてきた相場に参入するのは単なるカモだ。ここで突っ込んではいけない。手控えて、様子を見守るべきだ。交渉は、そこからでも遅くない。

ベストのタイミングは、相手が焦って動き出したとき。だから、いま、安倍首相はワシントンに行くべきじゃない、と思う。むしろメキシコとカナダを訪問したほうが、相手は嫌だと思うよ。相手の嫌がることをするのが勝負の鉄則じゃなかったっけ?

www.youtube.com

 

 

追記: なんだ、自民党のお偉方も似たようなこと言ってるんじゃないの? 首脳会談をやめろとまでは言ってないけど。

mainichi.jp

真実以後にモノを書くこと - あるいは私小説家とブロガーと

若い頃、「気軽に『真実』という言葉を使うな」と釘を刺されたことがある。もう記憶もはっきりしていないのだけれど、たぶん酒の席かなんかで、「君の言う『真実』は、単なる『事実』だろう。事実をいくら積み上げても真実には至らない」というような話ではなかったかと思う。出版業界の末端でアルバイトをしていた時代という以上の具体的なこと、相手も文脈も一切忘れたが、それ以来、真実とか事実という言葉を使うにはことさら慎重になった。だからそういう会話があったのは事実なのだろうと思っている。

「事実」はfact、「真実」はtruthの訳語であると考えてほぼまちがいないようなので以下はそのようにして話を進めるのだけれど、一応、定義がどうなっているのかを見てみる。

じ‐じつ【事実】

[名]
1 実際に起こった事柄。現実に存在する事柄。「意外な事実が判明する」「供述を事実に照らす」「事実に反する」「事実を曲げて話す」「歴史的事実」
2 哲学で、ある時、ある所に経験的所与として見いだされる存在または出来事。論理的必然性をもたず、他のあり方にもなりうるものとして規定される。

デジタル大辞泉

 

しん‐じつ【真実】

[名・形動]
1 うそ偽りのないこと。本当のこと。また、そのさま。まこと。「真実を述べる」「真実な気持ち」
2 仏語。絶対の真理。真如。

デジタル大辞泉

 

fact
1:  a thing done: such as
a obsolete : feat
b : crime <accessory after the fact>
c archaic : action
2   archaic : performance, doing
3:   the quality of being actual : actuality <a question of fact hinges on evidence>
4  a : something that has actual existence <space exploration is now a fact>
b : an actual occurrence <prove the fact of damage>
5: a  piece of information presented as having objective reality <These are the hard facts of the case.>

(Merriam-Webster)

 

truth
1  a archaic : fidelity, constancy
b : sincerity in action, character, and utterance
2  a (1) : the state of being the case : fact (2) : the body of real things, events, and facts : actuality (3) often capitalized : a transcendent fundamental or spiritual reality
b : a judgment, proposition, or idea that is true or accepted as true <truths of thermodynamics>
c : the body of true statements and propositions
3  a : the property (as of a statement) of being in accord with fact or reality
b chiefly British : true 2
c : fidelity to an original or to a standard
4  capitalized, Christian Science : god

(Merriam-Webster)

となっている。つまり、一般的には「事実」は「実際にあったこと」であり、「真実」は「嘘のないこと」である。英語ではtruthは部分的にfactと重なるが、大きく括っていえば日本語とよく対応している。

ということから、「事実はひとつだけれど、真実は人の数だけある」というような説明がよく見られる。つまり、話す人が「嘘偽りないこと」と信じていればそれは「真実」なのであり、人間の感覚が偽りを含んでいる以上、それは「事実」と異なるのが普通である、という解説である。

トランプ当選以後にpost-truth、ポスト真実という言葉が語られるようになった。この言葉も、この「事実」と「真実」の理解に沿って語られることが多いように思う。たとえば、

brighthelmer.hatenablog.com

このブログ記事では、「真実は一つではない」と、「解釈」こそが「真実」を構成するのだというしての展開がされている。人が何かを「正しい」と信じるのは必ず解釈の過程を経たうえでのことなので、「正しいと信じていることの言明」が「真実」であるのなら、それはそのとおりだろう。

 

しかし、私は「真実」という言葉のこのような用法にはどこか違和感を覚える。それは、遠いむかし、私に「気軽に真実という言葉を使うな」と言った先輩の言葉の重さをずっと引きずってきた感覚として、なのだろう。単純に「私が正しいと思っていること」は、「真実」ではないと思う。

ここでもう一度、先ほどのpost-truthだが、この言葉、実際にはどういうものなのか。どうやらこれは、post-truth politicsと、政治的な文脈で使われるようになったのがはじまりらしい。面倒なのでWikipediaのpost-truth politicsの解説によると(良い子の皆さんは一次資料にあたってください)、

The term "post-truth politics" was coined by the blogger David Roberts in a blog post for Grist on 1 April 2010, where it was defined as "a political culture in which politics (public opinion and media narratives) have become almost entirely disconnected from policy (the substance of legislation)".

と、「政治がポリシーからほぼ完全に切りはなされた政治文化」と定義づけられている。つまり、世論やメディアの論調などの政治的言説がポリシーと何らの整合性をもたない状況を伴う文化である。ここで「ポリシー」をあえてカタカナ書きにしたのは、これが「法制度の実体」と括弧書きされているからでもあるし、「政策」という言葉に置き換えるとちょっとはみ出す部分も出てくるように思うからでもある。

policy
1  a : prudence or wisdom in the management of affairs
b : management or procedure based primarily on material interest
2  a : a definite course or method of action selected from among alternatives and in light of given conditions to guide and determine present and future decisions
b : a high-level overall plan embracing the general goals and acceptable procedures especially of a governmental body
(Merriam-Webster)

と、ポリシーの定義の最初に来るのは「物事を進めるための深謀遠慮」であり、次に「現在・未来の判断を導くため、複数の選択肢のなかで与えられた状況下で選ばれた一定の方向性や行動方法」のことであって、結局は「政策」ということになっている。つまり、ポリシーは政治レベルだけでなく個人レベルでもその行動を決めていく基本的な思想である。

そういった思想と、実際に行われている施策が完全にズレていて、かつ、それを不思議とも思わない状況が、つまりはポスト真実である、ということだろう。そう思うと、この場合の「真実」は、単純に「自分はそれを実際にあったことだと信じている」という意味で使われているのではないはず、と思い当たる。

たとえば、既に前政権となったオバマ大統領のポリシーはアメリカ憲法にうたわれた自由と平等であり、さらにその前提としての世界平和であったことは疑う余地がない。ところが、実際には核廃絶が一歩も前進しなかっただけではなく、アメリカの軍事行動は世界各地でより一層激しくなった。格差問題は解消しないどころか拡大した。政治はポリシーと完全に矛盾していた。ここで重要なことは、ひとつひとつの政治的行動の正しさをオバマ本人に質したら、よっぽどでもなければ「自分のとった選択はその時点でベストだった」と答えるはずだということだ。つまり、「正しいと信じているかどうか」ということでいえば、これらは全て「真実」である。しかし、それはより根本的な真実とは大きく乖離している。そして、この「真実」とは、ポリシーの根幹を成すその人の信念、しかも、それが社会的に共有された理念としての信念であろう。

 

ここで「真実」=truthの定義を見なおしてみよう。すると、「絶対の真理」や「a judgment, proposition, or idea that is true or accepted as true」(真あるいは真であると受け入れられている判断、、前提、概念)、さらには「真如」「神」といった宗教的な概念を指す場合もあるのだと書かれている。おそらく、むかし私に注意した先輩の念頭にあった「真実」はこういうものであり、私もそう受け取ったのだと思う。さすがに神仏のことまで言わないにせよ、不動の行動基準となるような一組の概念セットを「真実」と呼ぶ用法はそれほど特殊なものではない。むしろそちらの方が広く使われているような気がする。そして、そのほうが「事実」と対比させる上ではより使いやすいのではないだろうか。

 

そういった「真実」の使い方は、実は近代日本文学においてはふつうにみられるものである(だから出版業界の片隅にいたときに先輩からそういう言葉が出たのだと考えれば非常に納得がいくことでもある)。いま手許にその根拠となる適当な文献がないのだけれど(図書館にでも行けばかんたんに見つかるはず)、たとえばネット上で公開されている論文を検索してたまたまトップに出てきたものを引用すると、

私小説」においては、その特性上、作者自身の細々とした身辺雑記や心境吐露を主要事とするだけに、描かれる事象はすべて作者の知悉した世界であり、まさか「絵空事」をでっち上げているのではなかろうという読者の期待に副った展開が図られる。したがって、そこに描き出されるのは、すべて「ありのままの現実」であり、「実はほんとはかなり嘘をついてる」(丸谷才一)2)にしても、原則的には嘘偽りのない「真実」が隈なく語られているのだという幻想が振りまかれる。
『本格小説』(水村美苗)における「語り」の構造―表象の自由と読者関与の可能性をめぐって― (柴田庄一

あるいは、

彼らはその出発において失うべきなにものも持たぬ生活失格者なのだ。彼らをささえる唯一の矜恃は芸術家としての真実性以外になかったのである。辛うじてその真実性を唯一のアリバイとして彼らは極貧の生活にもたえしのんだ。葛西善蔵から藤沢清造をへて川崎長太郎にいたる代表的私小説家の生活コースがここにさだまった。彼らは芸術家として作品のリアリティではなくて、制作態度の誠実性にすがるしかほとんどほどこすすべを知らなかったのだ。とすれば、彼らが近代小説としての芸術的方法なぞ確立する遑もなく、みじめな日常生活の断片をその破滅的なすがたにおいて文学の世界に持ちこむしかてだてのなかったのも、また当然だろう。日常性の次元と芸術の次元とを等価にむすぶことによって、辛うじて職業作家としての生活が成立する。
平野謙:メディアの中の〈私小説作家〉─葛西善蔵の場合(山本芳明)の引用による

ここで用いられている「真実」は、決して「作者がそう思っている」という主観的事実のことではない。それであれば、どんな駄文を書いてもそれが作者の主観と異なることがなければ「真実」となる。そうではなく、そういった主観的事実を通じた作者自身の世界観、そしてそれを通じることによって自分自身が見るのとは異なった角度から見る現実世界を「真実」と呼んでいるのではないだろうか。つまり、昭和文学のいう「真実」とは、生身の人間をフィルターとして使用することによって担保される「嘘偽りのない」現実のことであろう。

きちんともっと別な文献を探せばもうちょっとしっかりした議論もできるのかもしれないが、ここで私が言いたいことは、たまたま手当たりしだいに引っぱり出した文献からだけでもすぐにこういう話ができるぐらいに「私小説」的世界では「真実」が、少なくとも「その人が正しいと信じている事実」以上の意味で用いられてきたことは明らかだ、ということだ。そして、たぶんそれは「ポスト真実」という言葉の真実(truth)の用法を考えるときでも重要ではないだろうか。この「真実」は、実際にあったかどうかが確認できる「事実」ではなく、より根源的な人間社会の原理としての真実である。そして、それが既に原理としての力を失っている、と見るのがポスト真実の意味するところではないか。すなわち、理念というものが現実の行動に対して何らの作用を及ぼさない世界だ。あらゆるものがその場の力関係と感情によって動く。理性が民主主義社会の根幹であるとするなら、ポスト真実はつまりポスト理性であり、つまりはポスト民主主義であると言っていいのかもしれない。

 

とまあ、「ポスト真実」について思うところはこの程度なのだが、こういうことを考える過程で見つけた上記の2つの文献、「たまたまトップにあった」だけということで貶めるつもりは何もなく、これらはこれらでそれぞれなりにしっかり書いてあって面白い。その紹介みたいなことをしても仕方ないので書かないのだけれど、読んでいて思ったのは、昭和初期の「文壇」と、現代のネット社会って、どこか似ているなあと思うこと。特に、「私小説家」と「プロのブロガー」は、似ている。

上記引用の山本芳明氏の論文によれば私小説家の発生は第一次世界大戦後の景気変化に大きく影響されたようだ。そして、社会の動向が表現形式に影響を与えるということでいえば、ネット広告との関連を無視しては語れないブロガーの存在もまた、同じような文脈で語ることができるのかもしれない。また、それ以上に、多くのブロガーが自分自身の日常の断片を売り物にしている状況は、そっくりそのまま私小説家の状況と重なる。リアリティのもつ強みに頼るがあまり社会規範を踏み外してしまうことも、また一部の私小説家、ブロガーに共通する。人生の破滅、までいかなくても、それに近いところまで行く。あるいは、個人としての信用を著しく低下させてしまう。

だからといって、私はそういう在りかたを批判しようというのではない。やはり遠いむかし、私は昭和初期にデビューしたある私小説作家の全集編纂に関わったことがある。関わったといえば聞こえはいいが、大物編集委員たちと会ったこともなければ編集会議に参加したこともない末端の文字校正者に過ぎなかった。とはいえ、相当に分厚い全集を端から端まで読み尽くして、大きな感動を受け取った。そこにひとつの「真実」を見た。それは私自身の「真実」の一部のどこかを構成しているはずだ。

そういう感動を与えるためには、この作家の場合、半世紀以上にもわたる粘り強い創作活動の継続が必要だった。二流作家と見られ、経済的にも苦しみながらも、この作家は死ぬまでペンを手放さなかった。 文を書く、ひとに何かを伝えようとする、そういう行為は、それだけの忍耐を必要とする。

だから、現代の私小説家であるブロガーたちにも、 私は死ぬまで書き続けて欲しいと思う。ひとの評価は、瞬間最大風速のPVやアフィリエイトの売上や収益によってではなく、結局は棺を覆ったときに定まる。だからこそ、社会状況や経済情勢が変わろうと、メディアが変わろうと、書くと決めたひとは死ぬまで書いて欲しい。読者を動かしたければ、そのぐらいの気概で、この真実以後の世界を書き抜いて欲しいと思う。

 

ま、アクセス数が気になる気持ちもわかるんだけどね。私も毎日チェックしてるし。それが私の真実、か。

 

 

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ちなみに、ちょっと前から私小説家とブロガーのことをぼんやり考えていたのだけど、これで記事を書こうかと思ったのは、こちらのブログ記事を読んだのがきっかけ。作品と作家の問題は、むずかしいと思う。

www.saiusaruzzz.com

「破棄ってくる」は、さすがにわからなかった - 通じない言葉をあえて使う意味

いまの若い人には信じられないかもしれないが、ほんの50年ほど前にはまだ「汚い方言はやめましょう。正しい標準語を使いましょう」というのが正義としてまかり通っていた。学校教育ではもちろん、家庭内でまで、伝統的な言葉の使い方は忌むべきものとされた。全ての学校、全ての家庭でそうだったというつもりはない。少なくとも私の家では父親の河内弁は許容されていたし、子どもが子ども同士で地元の言葉で遊んでいるところまで咎め立てはされなかった。しかし、フォーマルな場所では、やはり「標準語が正しい」的な空気があった。地元文化へのこだわりが強い大阪でさえそうだったのだから、他の地方ではもっと同化圧力は強かったのではないかと思う。さすがに「方言札」のようなものは目にしたことはなかったが、教師が直接形で「標準語を使いましょう」と指導していたのは覚えている。もちろん「それがおかしい」と反発している教師も、子どもの目から見てもいることはいたけれど。

なんでこんな話をしているかというと、言葉というのはもともと限られた地域やコミュニティの中でしか通じないものだったのだろうと、改めて思わせてくれるような記事を読んだから。

anond.hatelabo.jp

書かれたものとして読むから、そして前後関係がしっかり書かれているから、私はこの店員の言葉を理解するのに困難はなかった。が、もしも実際にそういう言葉で話されたらこの高齢の元校長と同様、「はぁ?」となったかもしれない。そのぐらい、この店員の言葉は標準的な日本語から外れている。

とはいえ、それが言葉として使えないものかといえば、おそらくはそういう言葉のほうが通じる人々が数十万人から数百万人ほどもいるわけで、それは立派にひとつのコミュニケーションツールを成している。ちょうど、テレビで漫才がブームになり、全国に大阪弁(もしくは大阪弁もどきの関西弁)が広まる以前の大阪弁使用者ぐらいの人数はいるはずだ。

そう思ったとき、半世紀ほど前の、たとえば東京で、あえて「通じない言葉」である大阪弁を使うようなシチュエーションとしてどんなものがあったのかなあと、変な方向に想像が走り始めた。前提として、話者は一応は標準語を使うことができる、とする。標準語は戦前からかなり強くプッシュされていたようだし、ラジオ放送以後は全国で耳にすることができたわけだから、半世紀前ならよっぽどの高齢者でもない限り、大阪人でも大半は標準語を理解し、それなりに喋ることはできたはずだ。それでもあえて、大阪弁を使う。それもそれが通じないことがはっきりしている場所で使う。どういう状況か?

すぐに思い浮かぶのは、ヤクザ映画だ。「おんどりゃー、なにぬかしとんねん!」と、凄みをきかせるために大阪弁を使う(これは広島弁かもしれないけれど)。あるいは、「おまはんらには、わからしまへんやろな」と鼻で笑う。相手との差異をあえて言葉で表現する。こういうのはあったかもしれない。

 

しかし、振り返ってみて、(半世紀前よりはだいぶこっちだが)二十歳そこそこで東京に出た私は、そういう格好のいい大阪弁はついに使わなかった。まあ、ヤクザじゃないからね。郷に入れば郷に従え、学校やバイト先など、フォーマルな場所では学校で習った標準語的な使い方を心がけた(それでも「関西訛り」みたいに、特に最初の数年間は言われた。そりゃしかたないわ)。ただ、それは堅苦しい感じで嫌だった。

だから、親しくなったひとと喋るときなんかは、よく大阪弁(というよりも標準大阪弁が少し混ざった河内弁と学校言葉が入り混じった当時の大阪の若い学生の使っていた言葉)を使った。そのほうが本当の自分が出るような気がした。そして、相手が理解しないときには、改めて標準語で言い直したりもした。なんだ、この記事のコンビニの店員と同じじゃないか。

 

結局のところ、言葉はコミュニケーションツールであるとともに、アイデンティティだ。ツールとしては、いくらでも使い分けができる。特に書き言葉だったら、私はいろんな文体を使うことができる(らしい。ずいぶんむかし、あるブログの読者にそう言われた)。もうだいぶん錆びついたが、若い頃には大阪人としての素性を一切わからせないような無国籍的日本語を喋ることもできた。私だけではない。中学生のうちの息子でさえ、時と場合で言葉を使い分けている。最近の若い人のなかには私よりもずっと正しい敬語を使うことができる人だっている。外国語まで含め、さまざまな場面でさまざまな言葉を自在に操る達人もいる。しかし、おそらく自分自身が最も落ち着く言葉、自分自身が独白するときの言葉は、たぶんひとつだ(もちろん時間とともに変化することはあるとして、ある一時点ではひとつだと思う)。それがアイデンティティとしての言葉である。それが、自分自身だという気がする。意識は言葉で表現される。思考は言葉で組み立てられる。だから、自分自身をさらけ出したいときにはその言葉を使う。ほぼ無意識にそうする。

 

言葉を学ぶとき、その目的はほぼ「コミュニケーションツールの獲得」であると言っていいのではないかと思う。新たな言語を獲得することは、通常は、自分自身のアイデンティティをその言語に同化させることではない。アイデンティティはそのままに、オルタナティブなコミュニケーション手段を身につけることだ。だから、学ぶ言葉は通じることを主目的にしてかまわない。特に、外国人である日本人が英語を学ぶときには、まずは一般に通じる表現を身につけるべきだと思う。

よく英会話系の情報で、「そんな言い方、だれもしませんよ。いまの若い人はこういうふうに言うんです」みたいなネタが流れてくる。そういう言葉は上記記事のコンビニ店員の言葉のように、ふつうの英語とはまったく異なって聞こえる。「それが本当の生きた英語です」みたいな、ちょっと自慢めいたセリフもよく聞く。だが、仮にそういう言語体系をアイデンティティとしている人々が数百万人、数千万人いたとしても、そこに同化していく方向を目指すのは、外国人としてはちがうように思う。そんな若者やマイノリティグループの人々も、やっぱり標準的な英語を読み書きするし、こっちがそれしか使えないとわかったら、ちゃんと同時通訳しながら喋ってくれるはずだ。外国人は、まずは標準的な英語を勉強すべきだろう。たとえそれが、誰もそんなものをアイデンティティとしてはいないような無色透明な言葉であったとしても、コミュニケーションの第一歩には十分に役立つのだから。

 

そんなことも思った記事だった。いや、単純に面白かったと、それだけでよかったんだけどね。

図書館の本は待って読もうよ - マックで女子高生ならぬ、ファミレスで女子中学生の話題に反応して

図書館の歴史は古い。「図書館」といえば少し意味が狭まるが、ライブラリ、つまり情報を蓄積した場所ということならば古代メソポタミアの粘土板の時代まで遡るそうだ。情報が紙に記載されていた時代には図書館は当然紙の文書の保管庫であり、教会や大学のような研究機関には欠かせないものだった。それを利用できるのは当然リテラシーのある人に限られるので、図書館はもともと限られた人々のためのものだった。それが時代が下って、識字率が向上し、また社会教育の必要性が重視されるようになって、だれもが自由に利用できる現代的な図書館が一般化した。

というような通りいっぺんな歴史はさておいて、なんで図書館みたいなものが存在するのかといえば、それはそもそも本というものが、常時利用されるものではないからだと言えると思う。どういうことかといえば、1冊の本は数十分から長いものでも数時間、難読の書物でも数日以内に読み終わる。読み終わった本は、後日読み返したり参照することもあるから、すぐに廃棄されるものでもない。読まれないまま蓄積されていく。必然的に、本というものは読まれていない時間のほうが長いものになる。そこにあるけれど、利用されていない。そういうものであれば、所有者以外の人が利用してもなんの問題もない。ていねいに扱えば減るものではないのだ。だから、本というメディアの形態は、その特性として回し読み、最終的には図書館の存在を必然的に生み出すのだと言えるだろう。

というようなことを考えるのは、私自身が小さな図書館らしきものを運営しているからだ。「らしきもの」というのは、おそらく正式な意味での図書館の定義は満たしていないからだ。誰でも自由に利用できるし、貸し出しもする。ただし、利用者は近所の子どもに限定されていて、しかも知人その他の関係者以外の利用は年間を通しても10人以下だ。蔵書の千冊余は決して多くもないし、内容も偏っている。それでも、自宅の門にひっそりと「子どものための図書室」と看板をあげ、一室をいつでも利用できるようにしてある。

なぜこういうことをしているかというと、「そこに本があるから」だ。詳しくはこっちに書いてあるが、商売柄、子ども向けの古本を大量に買い込んだ。この本をただ置いておくのはもったいないので、誰でも読めるようにしたいと思った。そういう動機で図書館をつくってみると、「なるほど、図書館というのは本があるからできるんだな」と、上記のような理屈が素直に納得できる。ま、司書の方とか、プロフェッショナルからいえばとんでもない意見なのだろうとは思うが。

 

そんなふうに図書館について改めて思ったのは、こちらの記事を読んだから。

cild.hatenablog.com

上記のように素朴に「本があるから図書館ができる」理屈からは、この中学生の考え方は意味不明になる。なぜなら、そもそも図書館の本は「誰も使っていないときには誰かが使ってもいい」という発想でできているわけだから、「誰かが使っている」なら当然使えない。順番待ちが発生するのは当たり前で、それが嫌なら自分で本を買えばいい、ということでしかない。

しかし、現代的な図書館には、もちろんそれ以上の意味がある。社会教育機関としての性格だ。本を読むことは教養の第一歩なのだから、読書の機会の少ない人々に広く読書の機会を与えることは社会的に意義がある。そう考えれば、本を購入する能力のある社会人よりは、その能力に劣る中学生を貸し出し対象として優先すべきだという考え方も、あり得なくはない。

ただ、ここでもうひとつ思うのは、「その本はいったいどういう本なのか」ということだ。この記事からではわからないが、もしも話題の新刊のようなものだったら、やっぱりそれは、図書館を利用する以上、返却待ちして読むべきものではないのだろうか。このあたりもよく議論になることであるのだが、図書館がベストセラーを何冊も揃えて貸し出し需要に対応することについては、批判が多い。その根拠はそれが本の売上を損なうからというのから、すぐに余剰蔵書となるのが目に見えているのにそこに予算を割くべきではないという現実的な議論までさまざまだ。個人的にはそもそもベストセラーを追いかける読書に興味がないので、やっぱり図書館は話題の新刊のようなものはあまり追いかけないほうがいいと思っている。

もしも件の中学生の借りたい本がそういうものだったとしたら、それは原則に立ち返って、何ヶ月でも待ちましょうというべきかなあと思う。その上で、もしもそうでないのなら、やっぱり少しだけは待つべきじゃないかと思う。というのは、人気のない本にそれほどの待ち時間が発生するわけはなく、いくら長くても2週間ぐらいのうちには手に入るのだから。

このインターネットの時代、欲しい情報が即時に手に入らないのはもどかしいことかもしれない。けれど、読書というのは、もともと気の長いものだ。そして、気の長い楽しみから得られることも少なくないと、私だったら若い人にそう伝えたいなと思う。

いかにして子どもをゲームから遠ざけるか

自分自身を振り返って、親が子どもに何かを禁じるのは、そのこと自体が問題だと思う。親の言うことなんて、たいていは聞かなくてけっこう。かつて子どもだった自分自身の経験からはそう言い切っていいと思う。

とはいいながら、今度は親になってみると、子どもにはいろいろな注文をつける。勝手なものだなと思うが、立場がちがうと見えるものがちがってくる。どうしても子どもには「こうあってほしい」というのを求めてしまう。こっちはやんわりと「求めている」つもりでも、当然ながら押し付けてしまう。

そんな自分自身の理想として、ゲームに時間をつぶす子どもには育ってほしくなかった。ゲームがダメだと一刀両断にするつもりはない。ただ、限られた時間しかない子ども時代に、ゲームに消費する余裕はないと思う。子ども時代にしかできないいろいろな体験をしてほしい。ゲームの世界での体験は、大人になってからでもできる。むしろ、最近の高性能化したゲームの世界は、大人になってからのほうが楽しめるだろう。

そう考えて、息子には携帯型のゲーム機は買わなかった。ただ、Wiiについては私自身の側に興味があった。いや、Wiiのゲームにではない。PowerPCで動くそのハードウェアにLinuxをインストールできると聞いて、「そういうマシンならちょっと触ってみたいな」という非常にマニアックで外道な趣味であった。とはいえ、実際に買おうとまでは思わなかった。

それが、息子が小学校に上がった頃だったと思う、「Wiiを欲しい」と言い出した。妻も、「完全にゲームを禁止するというのもこの時代に合わないんじゃないか」みたいな意見だった。それは確かにそうかもしれない。誕生日も近い。プレゼントにふさわしいかもしれない。そこで、導入することにした。もうずいぶんとむかしの話になる。その息子がいま中学生だから、7〜8年ほど前か。

なんでこんなむかし話を持ちだしたかというと、こちらの記事

anond.hatelabo.jp

に付けたコメントが、割と評判がよかったみたいだったからだ。そうか、自分のやった工夫が他の人のヒントになるのならと、もうちょっと詳しく書いてみようと思った。

 

さて、そのむかし、そういった事情からWiiを買うことに決めたのだけれど、ゲームにどっぷりはまられるのは嫌だ。利用のためのルールをつくらなければいけない。しかし、子どもがルールを守れると思うほど、現実を見ない私ではなかった。さて、どうするか。

買い与えてしまったのでは、ここは管理できない。そこで、「Wiiを買うが、その所有権は父親のものである」ということを明確にした。その上で、プレゼントとして「利用する権利」だけを与える。つまり、モノをプレゼントするのではなく、体験をプレゼントするわけだ。これはこれで理にかなっているだろう。

そして、その「利用権」を30分に分割した。これが「Wii利用券」だ。Wii利用券は確か20枚綴りだったと思う。一気に10時間分。それを誕生日プレゼントとして渡した。もちろん息子は大喜びした。

この「利用権」、もちろん無制限ではない。詳細を書いた紙を用意したのだが、その文書はもうパソコン上からは消えている。保存しておいてもしかたないものだから。うろ覚えだが、確か連続して2時間以上使用しないこととか、夜8時以降は使わないこととか、そんなことがあったのではないかと思う。親が誘ったときは親の利用権で行うので券は不要とか、そういう特例条項もあったと思う。

ともかくも、この「Wii利用券」、使えばなくなる。しかし、ただなくなるだけでは面白くないので、特別なときにはそれがもらえる約束にした。息子に確認したら、「風呂掃除は1枚」だったそうだ。そのほかにも、お手伝い系で枚数を決めて発行したような記憶がある。あまり手伝いはしなかったが、それでも必要量は溜まっていたようだ。本人によれば「風呂掃除でもらったらその場で使った」とのことだけれど、友だちが来たときとかに大盤振る舞いしていたこともあったので、やっぱり少しは溜めていたのだろう。その後の誕生日でいくらか追加したこともあったように思う。

 

制限されていても、それが量として可視化されていれば、それを管理して使うことがやりやすくなる。そういう意味で、この「Wii利用券」はヒットだったのではないかと思う。

というようなこともすっかり忘れていたのだけれど、数週間前、何かの折に息子が、「あのWii利用券って、よかったな」と言った。それで思い出したタイミングに上記の記事があったので、コメントをつけたわけだ。だから、これは親にとってよかったというよりも、子どもの側の意見として「よかった」のだと思って欲しい。

 

じゃあ、親としてはどうなのかというと、結局、子どもをゲームから遠ざけるという試みには失敗したのかもしれないと思う。というのは、やがて息子は親が不在のときを狙ってWii利用券など無視でゲーム機を立ち上げるようになった。それに文句を言うバトルが1年ほど続いたのだが、やがて息子は「Wiiを止める代わりにMinecraftを使わせてくれ」という条件を出してきた。こちらとしてはパソコン上のゲームなら制限をかけやすいと、Wiiを処分することと交換でOKした。ちなみに、このときにはスクリプトを書いて一定時間以上の使用ができないようにした。しばらくはうまくいっていたのだけれど、そのうちに息子のスキルが上がってきて、私のヘボスクリプトのバグをついてくるようになったので、最終的に管理は諦めた。いまはネットにどっぷりはまり、「こうなってほしくない」と思っていた少年像そのもの。やれやれだ。救いは、そうやって身につけたスキルでBlenderとか私の使えない3Dの世界のツールを使いこなせるようになったことぐらいかな。ま、ロクなことではない。

 

ということで、成功例というつもりはない。ただ、これを参考に、もっといい運用が生まれてくれば、それはそれで素晴らしいことではないかと思う。そうやってうまい方法が世間に広まっていけば、やがてあの息子が親になったときに、もっと上手に子どもをゲームから遠ざけておくことができるようになるだろう。まあ、そうしたいかどうかは別な話として。