奇妙な三輪車 - Like-t3に乗ってみた

私は、長いこと自動車の免許をもっていなかった。もともと都市部に住んでいたからその必要を感じなかったからであり、自動車学校に払う数十万円とそこに通う時間をもっとほかに使いたかったからでもある。地方都市に移住を決めたときにはちょっと不便を感じたが、そこはいい自転車を買うことでなんとかしのいだ。列車移動と輪行を組み合わせると、けっこう機動力があった。何しろ若かったしね。

その後、もっと田舎に引っ越してやむなく原付免許はとったが、それでも車には乗らなかった。40を過ぎ、子どもが生まれる直前になってようやく、必要性を実感した。そこからのドライバーだから、運転歴は浅いし、まあ、下手くそだ。郡部限定、軽オートマ限定でしか乗ってなかった。その後、都市郊外に引っ越して少しは車に乗る時間も増えたが、それでも決して車について何か語れるような人間ではない。そういう前提での話。

 

車は小さいほうがいい。むかしからそう思ってきた。もちろん、運搬のためには大きさは必要だ。引っ越し用のトラックなら、大きい方がいい。しかし、人間を運ぶだけなら大きい必要はない。そして、運転だけなら小さいほうが扱いはいい。狭い道でも通れるし、ちょっとしたスペースでも駐車できる。そんなふうに思ってきた。

日本の公道で走れる最も小さい四輪車は、実は50ccの原付きバギーだ。いまはホビー車しか売っていないが、20年ぐらい前には光岡自動車が乗用車タイプの50cc車を出していた。欲しかったがやがて製造中止になり、中古でも入手は困難になった。そしてこの車、少々難がある。50ccなので、一人乗りだ。車を使いたいケースでけっこうあるのが送迎。これには使えない。

小さくて、隣に一人ぐらいのせることができる車。そういうコンセプトの車は、実は存在する。超小型モビリティと呼ばれるものだ。ただ、このタイプの車、試験的な導入はもう何年も前から行われているのに、法改正がなぜか行われず、一般販売がされないままに過ぎている。地域限定で試験的な運用が行われているのみ。その他の地域では走れない。なんでだ? 各メーカーがいろんな試作品を出していて、すぐに製品化できそうなところまで来ているというのに。ま、あんまり金儲けにならないからだろうか。買いたくても売ってもらえない。

 

というようなことを考えていたところに、実家の両親が車を手放した。年をとってからはけっこう大きな車に乗っていたのだが、それは「この車なら安全だ」という考えから。確かに、いろいろな安全評価を調べてみても、このでかい車は安全性が非常に高い。しかし、それは搭乗者の安全だ。高齢ドライバーの危険性は広く指摘されている。そして、一旦事故を起こしたら、たとえ搭乗者は安全でも、巻き添えになるひとが出る可能性が高い。そんなとき、いくら戦車のように安全な車でも、いや、それだからこそ余計に、危険だ。そういうことを息子2人がやいやい言ってたら、ついにある夜、決断した。それが先週のこと。このあたりの踏ん切りの早さは見習いたいものだと思う。

だがしかし、これはある部分では非常に困ることでもある。というのは、足がなくなるということは、ちょっとものを運びたいとか、ちょっと徒歩では行きにくいところに行きたいとか、そういった折に、こちらが呼び出されるということでもあるからだ。車を手放すことを積極的に働きかけた兄貴はいい。彼は遠方に住んでいる。中途半端に近く(車で1時間余、電車で2時間余)の場所に住んでいるこっちの身にもなってほしい。親が年をとればそっちの用事が増えるのは仕方ないとはいえ、こっちだって貧乏暇なしだ。自立できる部分は自立していてくれる方がありがたい。

 

何か移動手段をと思ったときに、光岡自動車のLike-t3というのがあることを思い出した。

www.mitsuoka-motor.com

これは、コンセプト的にはまさに超小型モビリティ。ただ、法制度が追いつかずに販売ができない他社の製品とは違って、3輪にすることで「側車付自動二輪車」として販売が可能になっている。これが高齢の両親の足になってくれるかもしれない。

問い合わせてみると、扱っているディーラーがいくつかあることがわかった。大阪にあった1軒を紹介してもらい、今日、行ってきた。この動画はディーラーの担当の方が脇で指導しながら高齢の私の母が運転している様子。

www.youtube.com

このあと私も少し試乗させてもらった。その感想を少し書いておこう。基本的には普通車と大差ないので、気になったところだけ。

まず、操作性で気になったのは、アクセル。ふだん私が乗っているオートマ車とちがって、ドライブにしたときのクリーピングがない。これはいいことでもあるのだが、発進時にクリーピングを利用して徐々に踏んでいくクセがついているので、違和感が大きい。そして、回生電力を発電する関係で、いわゆるエンジンブレーキの効きが非常に大きい。アクセルを完全に離すと大きな制動がかかる。つまり、アクセルの踏み具合でコントロールしていく感覚がふつうの車とちょっとちがう。アクセルとブレーキの踏み分けではなく、基本的にアクセルだけで操作する感じ。

あと、バックのときに特に感じたのだが、ハンドルが重い。意外かもしれないが、これはつまり、最近の自動車がパワーステアリング標準装備なことによる相対的なものだ。おそらく昔の四輪車のハンドルよりは軽いのだと思うが、たとえば止まっているときにハンドルを動かそうとしても動かない。少しだけでも前進か後退していれば問題ないのだが、止まった状態でハンドルを切ろうとしてもなかなか腕力がいる。

そして操作性ではなく、決定的に気になるのは揺れだ。 なにせ、タイヤの直径が小さい。タイヤが小さいということは、ちょっとした道路の凹凸にも敏感に反応するということだ。もちろん、普通車に比べるとサスペンションもお手軽にできているのだろう。揺れること揺れること。低重心で安定性はいいということなのだけど、ちょっと怖くなるぐらいだ。

そういうこともあって、スピードは出せない。説明では52キロでリミッターを付けてあるらしく、そこまでしか出ないという。逆にいえばそこまでなら出るはずなのだけれど、時速30キロまで上げることもできなかった。たぶん最大に出したのは28キロぐらいで、それでも「速いなあ」という体感。むかし、背の低い軽自動車に乗っていたときには地面が近くて体感速度がずいぶんと早く感じたが、それに近いかもしれない。ふだん乗ってる車と、同じ速度で倍ほども速さの感覚がちがう。これは、車室がないことから来ているのかもしれない。

そう、一応は二輪車なので、車室は付けられないのだそうだ。だから基本は吹きさらし。オプションで風防と屋根はあるのだけれど、オープンカー状態。だから、電気自動車でエンジン音がしないことと相まって、周囲の音はよく聞こえる。視界も良好。これはこれで、ちょっとだけ嬉しい。

 

とまあ、一通り試乗したのだけれど、さて、高齢の親が買う気になるかどうかはわからない。私でさえ30キロで怖いと感じるぐらいだから(まあ慣れたら感覚は変わるとは思うが)、親がそれほどスピードを出すとは思えない。交通事故のほとんどはスピードの出しすぎによるものだから、30キロ以下の低速で常に走っている分には不注意から事故を起こしても大きな被害はないだろう。そんなスピードで公道を走られたら周囲の車は迷惑だが、幸いに車通りの少ない道を選んで走ることができる環境に住んでいる。そういう諸点を考えてみたら、私としてはあと数年の足としては有りかなあという気がする。

ただ、値段がけっこう半端ではない。定価で140万ぐらいする上に風防と屋根のオプションをつけると200万に近い値札がつく。数年の使用と考えたら、安くない買い物だ。それも、近場の移動だけに使う限定的な用途だから、なお割高感はある。私と違って両親はそこそこに余裕がある方だが、そこまでの出費をするだろうか? それに、やっぱり乗り心地のわるさや操作性の違いは気になるだろう。

ということで、結果はどうなるかわからない。ただ、私としては、なかなかおもしろい体験をさせてもらった一日だった。楽しかった。