日記 ─ または、糖尿病患者との7分間

週末に遠出をするので、昨日、車屋にオイル交換と点検をお願いに行った。近所のブックオフで時間を潰し、約束の時間を気にしながらガレージの前まで来たときに、声をかけられた──ような気がした。

ずいぶんとゆっくり歩いている人がいるなあとは思っていた。私はどちらかといえばセカセカ歩く方なので、相対的に周囲の人はゆっくりに見える。だから気にもしていなかったのだが、顔を上げると、明らかにこちらに話しかけている。「なにか?」と尋ねると、すまなそうに、「肩につかまらせてくれませんか?」と。

どうやら身体が不自由らしい。一歩を大きく踏み出せず、摺足のようにして歩いている。あれでは確かに支えが欲しくなるだろう。「これでいいですか」と、あまり頼りがいのない肩を、その男性に差し出した。

「リハビリですか?」と尋ねたのは、私より少し年上らしいその年代の男性には、比較的、脳梗塞で片側麻痺みたいな人が多いからだ。若い頃の飲み友だちもそれで死んでいる。私が若いころに世話になった社長もそれで一年ばかりの休みを余儀なくされた。親戚縁者とかもっと遠い知人まで広げればいくらでもいる。しかし、彼の答えはちがっていた。「糖尿にやられて」というもの。

糖尿病、という訳語が適切なのかどうかは知らない。たぶんいまさら変更できないのだろう。「甘いものばっかり食って、そのせいでオシッコにまで砂糖が出る」というイメージが先行するこの病名はどうにかならんのかと思うが、Diabetes mellitusといわれてもさらに困るだけ。そして、この病気に悩んだ人もまた、身近に枚挙に暇がない。苦しむというレベルまでいかなければ、私の祖母も母親も、糖尿病のクスリを飲んでいた。まあ、医者に注意されて節制をしている程度のレベルなので、病気というほどのものではない。いわゆる「予備軍」。

「甘いもの、好きだったからしょうがないかな」と苦笑いするその男性は、外見上、特に太っているわけではない。日本人に多いヤセ型糖尿病というやつだ。しかし、足にくるまで放っておいたというのはよろしくない。

「仕事であちこち走ったんですよ」というから、きっと営業か何かで忙しい日々を過ごしていたのだろう。マジメに生きていれば、なかなか医者にもいけない。不調が仕事に差し支えるようになる頃には、相当進行している。症状が悪化すれば、仕事だって失ってしまうだろう。

「そこに見えているバスに乗るんです」と、走れば30秒というような距離にあるバスを示す。だが、摺足ではそれだけの距離がもどかしい。半分ほど行ったところで、バスは無情にも発進した。男性はがっかりした顔をしたが、気を取り直して、「じゃあ電車で行きますから、もうだいじょうぶです。ありがとう」と言った。

車を受け取る約束の時間を気にしていたから、私は時計をチェックしていた。彼と一緒にいた時間はわずか7分間。それでも、私は多くのことを学んだ。統計を見るよりも、一般論を聞くよりも、はるかに深く考える材料をもらった。

それだけのこと。これ以上、この件で誰かを批判しようとは思わない。

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