シアワセの容相

あしたはこっちだ

天皇空位論 - 伝統との折り合いをつけるための一試論

平成も終わろうとしている。こういうことを平成30年の年末に書くとすぐに「平成31年があるのを知らないのか」みたいなツッコミを受けるのだが、なにもあと数時間で終わるというつもりで書いているわけではない。あと数ヶ月で終わろうとしている。新元号がどうなるのか知らないが、私を含めて多くの人々の関心事はそのあたりにあって、「新しい御代が…」みたいな感慨はあんまりないんじゃないかと思う。そりゃそうだ。政治の何が変わるわけではない。なぜなら、天皇憲法によって政治的な発言を禁じられ、ただただ儀式的な「国事行為」を内閣の言うがままにすることになっているからだ。だから、天皇が替わっても総理大臣が替わらない限り、政治に変化はない。となると、影響するのは元号ぐらい、というのが掛け値のない現実だろう。

それがいいとかわるいとかいうつもりはない。戦後70年を超えて、こういった天皇のあり方は、すっかりあたりまえになってしまっている。言葉を変えれば、天皇制はとりあえずはうまく機能している。改良の余地はあるのかもしれないが、当面うまく動いているシステムには手を加えないのがベストだ。「壊れていない車を修理するな」という格言がアメリカにはあるそうだし、壊れていない時計をうっかり修理してしまったためにひどい目にあったというマーク・トゥエインの短編小説もある。天皇制は、これでいいのではないかという気もしてくる。

しかし、実は天皇制は、憲法内の大きな矛盾でもある。それは、この部分だけ、「天皇と臣民」という戦前の構造を色濃く残しているからだ。どういうことか。

憲法によれば、国民は「基本的人権の享有を妨げられない」(11条)のであって、「個人として尊重される」(13条)。「法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」(14条)し、「その意に反する苦役に服させられない」(18条)。「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(19条)とされており、「言論の自由」(21条)、「居住、移転及び職業選択の自由」(22条)を保障され、さらに結婚に関しては「両性の合意のみに基いて成立」(24条)するものとされている。ところが、これらの権利は、天皇に関しては認められていない。天皇は国家機関の一部であることを生得的に定められ、いったんその機関の一部となると、すべての自由をそのために制限される。皇族に関しては憲法に特段の規定はないが、実質的に天皇に対する制限と同様の制限が準用されている。すなわち、憲法が「すべての国民」と書くとき、そこから皇族は意図的に除外されている。

これは、まずい。なぜか。権利を制限されているといっても、それは多くの特権と引き換えだからかまわない、むしろオツリがくるくらいじゃないかと、常識的には思ってしまう。けれど、そもそも何らかの代償と引き換えに基本的人権を取引できるという発想そのものが、民主主義の根幹を揺るがすものだ。民主主義の基本は人権をあらゆる人に認めることであり、何らかの特例を設けることはその根幹を揺るがす。たとえば、十分な経済的補償が与えられるのであればそれと引き換えに自由権の一部を失うことを認めるような制度が存在するとしたらどうだろう。それは奴隷制度にほかならない。原理的にそれを認めない、それを拒否する姿勢がなければ、民主主義に未来はない。そして、そうった奴隷制度を認めるメンタリティと、天皇・皇族が基本的人権を制限されるのは当然だと考えるメンタリティは、何ら異なるものではない。

なぜこのような差別的な規定が差別を根絶することを目標のひとつに掲げる憲法のなかに存在したのかを考えるとき、ひとつには戦前の憲法とそれによって国民のあいだに定着した天皇観を考えないわけにはいかない。大日本帝国憲法の規定では天皇は神聖にして侵すべからざる存在であり、その天皇の聖性と対置される形で「臣民」の権利が保障されていた。戦後、民主主義の世の中となって「臣民」は「国民」と読み替えられることになったが、そもそも「臣民」とは対極の側にあった皇室に関しては、それを「国民」の側にふくめることには感覚的に無理があったのだろう。

そしてもうひとつ、より重要なことは、この憲法天皇に関する条項は、基本的に定冠詞付きの天皇である当時の天皇、すなわち昭和天皇を念頭に置いてつくられたものだということだ。天皇には、聖なるものとして巨大な権利が与えられていた。まずはそれを制限しないことには民主化はできない。もちろん、それをすべて否定してしまうこと、すなわち天皇制の廃止も可能性としてはあったが、アメリカ占領軍はその方法を採用しなかった。日本の戦後統治が天皇を温存することでうまく行くと考えたからとされているし、この一点に関しては日本政府も「国体護持」問題として譲れなかった。両者の思惑が一致し、天皇制は維持されることになったが、天皇の大権を認めるわけにはいかない。そこで、憲法には天皇の政治的な権利を実質的に無効にする条項が書き込まれた。だが、基本的人権の一部を制限することは、実質的にそのかなりの部分を否定してしまうことになる。その矛盾に当時の人が気づかなかったとは思わない。しかし、現実にそこにある天皇には、戦争責任がある。その責任は、だれよりも天皇昭和天皇)自身が痛感している。天皇の権利の制限は、その責任を取らせるもの、いわば、一種の刑罰として天皇に課されたのではないだろうか。

それが決して空想だと思えないのは、その後の昭和天皇の行動が、一貫して慰霊と憲法遵守を基調としていたからだ。天皇は、憲法に定められた意味での公務員ではない(15条「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」)。なぜなら、天皇は「万世一系」であり、生得的にその地位を獲得している。国民が選定したり罷免したりできるものではない。「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と、憲法にも定めてある(2条)。であるのに、常に全体の奉仕者として死ぬまで働き続けた。それは、まるで「奴隷的拘束」のもとに「苦役に服」(18条)しているようであった。やはりこれは、戦争を(たとえ名目的にではあっても)指導した責任を引き受けた「処罰」を自ら背負い込んでいたのではないかと思えてならない。

自ら進んで贖罪のために行動する人を、私たちは止めることはできない。実際、世の中には、「その程度のことで罪が償われたと思うなよ」と感じる人だっているだろう。だが、立場上、できることとできないことがある。その「立場」は憲法に規定され、その憲法を尊重することを昭和天皇は自らに課した。そういう意味で、昭和天皇は自らを縛ることを自らに課し、そして、そういうものとして天皇のあり方を決めてしまったのではないだろうか。

私は古い人間なので、昭和帝崩御のあと、新帝が即位しても「あの皇太子が天皇というのはどうも頼りなくていかん」とか「浩宮が皇太子? 無理ちゃうん?」とか、勝手な感想を抱いたものだ。実際、the Emperorであった昭和の天皇の存在感は半端ないもので、「もうこれで天皇は打ち止め」ぐらいの感覚を人に抱かせるに十分であった(そう思えば、平成の帝はずいぶんと頑張って貫禄をつけたのだなあとも思う)。ともかくも、戦争責任を直接に負った人としての天皇は、昭和天皇だけであった。しかし、平成の天皇も、基本的にその精神を受け継いだ。

これは、ひとつには今上天皇が戦中派であるということも関係しているだろう。いくら未成年であったとはいえ、戦争は直接の体験として知っている。また、父親である昭和の帝の苦悩と贖罪を直接に見てきたということも大きいだろう。皇太子としてその贖罪の仕事を分担・補助してきたという経歴もある。昭和天皇の打ち立てた天皇のあり方を受け継ぐことは、平成の世になっても当然だと考えられたのだろう。先日の平成最後のスピーチで「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と、戦争と平和についてとくに大きな時間を割いて語られたことも、それを象徴している。戦争に対する贖罪と、憲法を尊重し、その精神である平和を祈ることを、今上天皇は自らの務めとされた。

しかし、その考えは昭和の帝と完全に同じではなかった。というのは、昭和天皇は退位を考えなかったからだ。おそらく、そこには戦争責任への考え方が影響している。いうなれば、終身刑としてその責任を引き受けようとした。退位してそこから逃れることなど考えもしなかっただろう。

その一方で、平成の帝は、贖罪と平和への祈りを皇室に課された責任であると解釈した。個人に対する処罰ではなく、皇室が担うべき役割であるととらえたのだろう。だからこそ、その役割を十全におこなうためには、老齢の自分が引退すべきであると考えた。これもまた、ひとつの責任のとり方である。責任を個人としてのthe Emperorとして引き受けるのではなく、システムとしての天皇が引き受けると捉えれば、どうしてもそうならざるを得ないだろう。

おそらくこの考えは、次代の天皇にも引き継がれることになるだろう。だが、問題はここにある。いったい、人間は、父祖の責任を自動的に引き受けなければならないものなのだろうか? それは、自然法理として、あり得るのだろうか? 少なくとも現憲法の精神上、あってよいものだろうか?

皇室を神聖にして侵すべからざるものとして、臣民=国民とは別種の人類であると見るのであれば、それは可能であるかもしれない。しかし、天皇はとうのむかしに「人間宣言」をしている。生物学的にも社会学的にも天皇が人間であることは紛れもない事実であって、法理上、そこに一般人との人権を区別する根拠は何もない。

であれば、皇室が、昭和の帝が個人的に引き受けることにした戦争責任をいつまでも引き受け続けることは、すべきではない以上に、することができないはずだ。戦争終結時にすでに皇太子であった平成の帝がそれを引き継ぐことは、あるいは可能かもしれない。祖父と孫として直接に昭和の帝と触れ合う機会の多かった現皇太子が次代の帝としてその精神に倣うことはあり得るのかもしれない。けれど、それを永遠に続けることを前提とすることはできないし、そうしてはならない。個人の責任は、代を超えて受け継がれてはならない。なぜなら、「すべて国民は、個人として尊重される」からだ。一人の個人は、単なる血縁によって、その業を引き受けるものではない。

では、天皇制はどうすべきなのだろうか? ほんとうに民主主義的な社会、奴隷的な存在をまるで当然のことのように受け入れる社会からの進化を願うのであれば、皇室を人権の外におくような現在の制度は改めるべきだ。しかし、その一方で、昭和の帝が打ち立てた、「平和を願う皇室」という現在のあり方は、それはそれで貴重なものだ。次代に受け継がれていくべき日本の現代的な「国体」であるとさえいえるのではないだろうか。そしてさらに、現状、特に問題なく稼働している天皇制というシステムに対して、やたらと変更を加えるべきでもない。壊れていない車を修理しようとしてはならないのだ。

であるならば、それらをすべて矛盾なく解決できる方法がひとつあるのではないか。それは、皇室典範を改正し、「○○年以降、皇嗣を立てない」とするか、あるいは「即位の礼を停止する」とすることだ。そうすることによって、天皇家は断絶しないが、天皇は不在になる。天皇が不在になっても、摂政を置くことはできる。摂政は、かつて昭和の帝が皇太子時代に摂政を務めた前例に倣い(あるいは皇室典範の定めによって)皇室からその代表者を出せばいい。国事行為は天皇不在により摂政がすべて行えばいい。摂政が政治上の権利を制限されることは、天皇同様である。

しかし、天皇が「身分」であるのに対し、摂政は「職分」である。これは大きなちがいだ。天皇が戦前憲法の名残のなかで憲法のなかに平等権と矛盾するかたちで身分として規定されてしまっていることから、皇族は平等権を否定してしまう存在になってしまっている。しかし、天皇になる可能性がなければ、皇族は身分制度の縛りから解放されるだろう。現在は皇族全般に政治的な言動への縛りがかけられているが、もしも天皇空位でかまわないのであれば、その必要はなくなる。職分としての摂政にあるあいだだけ政治的な言動を控えればよく、また摂政は必要に応じて交代できるというのであれば、それは公務員の政治活動禁止条項と何ら変わることはないだろう。

天皇の地位を空位に置くことが慣例化すれば、皇室が平和を願う姿勢を続けても、それはもう昭和天皇の個人的な戦争責任を受け継ぐものではなくなるはずだ。「皇室は平和を祈るものだ」という信念を、個人である皇族が受け継いでも、それは「苦役」ではない。「意に反する」ばあいには、放棄することだってできるだろう。

天皇制を私は否定したいとは思わない。ただし、天皇は、もうそろそろ実体としてはなくてもいい。概念として存在するが実体はないというのは、実は最強の存在だ。キリスト教世界では、神の概念を表現する際に、空の玉座を用いることがあるという。神を直接描くことは、偶像崇拝に結びつくので、避けられる。描かないことにより、より強力な存在であることを示すのだそうだ。空位であることは、権威の失墜を意味しない。むしろ、おとしめることのできない権威、永遠の権威をそこに付与するだろう。

そういうものが、「国民統合の象徴」としてあってもいいのかもしれない。しかし、それを個人に担わせるのは、あまりに過酷だ。それは、過去の人々、過ぎ去ってしまった歴代の天皇に担ってもらえばいい。そして、皇族は、その末裔として権威を代行する。ただしその権威は、血筋によって得られるものではなく、憲法によって職務として付与されるものである。

そんな未来を妄想したが、ま、無理だろうな。いろいろと文句をいう人が多そうだから。けど、現代日本で、職業選択の自由もなく、最低賃金の保証もなく、移動の自由も制限されている人がいるというのは、事実なんだよな。そして、それが一方の端で制度化されているときに、もう一方の端を改めることも難しいっていうのも事実だと思う。人間は、どのような補償を受けようと、基本的人権を奪われてはならないんだから。