シアワセの容相

あしたはこっちだ

小麦って知っているようで知らない? - 麦の思い出

以前どうでもいいような増田の記事にどうでもいいようなコメントを書いたのが、地道に星を集めている。へえ、案外とみんな、小麦のことを知らないのかなと思って、自分の経験をひけらかしてみる。専門家から見たらたぶん誤解と誤謬に満ちた怪情報になってしまうのだろうけど。

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小麦って

精白(外側のフスマの部分を除く工程)で、小麦は潰れてしまう。なので、粉にするほうが精白するよりもはるかにかんたんで合理的。いっぺんやってみたらわかるよ。

2018/11/17 12:32

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まず、多くの人は小麦の粒を見たことがないのだろう。私も見たことがなかった。初めて見たのは、確か30歳になったばかりのころだ。

そのころ私は、若さ故の不安に苛まれながら東京で暮らしていた。いまなら笑うしかないのだけれど、その不安のなかには、「もしも米が食えなくなったら自分は生きていけるのだろうか?」というものもあった。なぜ米なのか? たぶん、小さいころからずっと毎日食べてきているものだから、それなしでは生きていけないという感覚が抜けず、けれど、この狭い日本、いつか米が食えなくなる日が来るんじゃないかと、ありもしない妄想にとりつかれたのかもしれない。

いや、米を常食にしているのは世界でも一部の地域だけで、他の地域では米以外のものも食べている。たとえば小麦だ。だが、小麦に関しては、ひとつ苦い思い出があった。学校をやめて仕事をはじめ、一人暮らしをはじめてすぐの時期、とにかく金がなかったので、スーパーでカロリーあたりの値段がもっとも安い食品を探し、行き着いたのが小麦粉(薄力粉)だった。だから、それを水に溶いて焼くパンケーキをしばらく主食にしていたのだが、3ヶ月で体調を崩してしまった。いまにして思えば小麦のせいというよりも副食のバランスのせいだと思うし、さらにいうなら食生活以外の変化のせいでもあったのだろうが、とにもかくにもそれに懲りて、パンやスパゲティで生きていくのは無理だろうと勝手に決めていた。

そこで、「もしも米が食えなくなったら」という恐怖を克服するために、1年間の米断ちをしようと決心したとき、選んだのは雑穀だった。粟や稗といった雑穀を主体にした食生活に変えて暮らしはじめた。だが、雑穀だけだと高価につく。もう少し手軽なものがほしいと思って、かつての小麦粉パンケーキを思い出した。だが、あんなものを食って身体をこわしたのでは元も子もない。いろいろ悩んでいるうちに(そんなことに悩めるのはよっぽどの暇人でしかないのだが)、全粒粉なら健康的かもしれないと思うようになった。そして、全粒粉を食べはじめ、ついにはそれでかんたんなパンまで焼くようになった。雑穀よりも全粒粉の比率が大きくなっていった。

そうすると、粉代だけでけっこうかかるようになる。全粒粉は通常の粉に比べて高価だ。私にはそれが理不尽に感じられた。もちろん、無農薬品であったりして、もともとのモノがちがうというのはある。それでも、全粒粉は表皮までふくんでいるわけだから、白い粉よりもむしろ安くても当然ではないのか。けれど、店頭ではそういう理屈は通用しない。

だったら、小麦を仕入れて、自分で挽くまでだ。確か3万円ぐらい出して製粉用のハンドミルを購入し、埼玉県の有機農家が小麦を売ってくれるというのを聞き出して、わざわざそこまで買いに行った。そして、このとき初めて、私は小麦の粒を見たのだ。

 

健康的な日焼けの色をあらわす「小麦色」。その意味を、このとき初めて知った。それまでは、麦わらの色だと思っていたのだ(だから日焼けにしてはずいぶん淡いなと)。小麦の粒は、まさに日に焼けた少年の肌の色そのものだ。子どものころに水泳を習っていたから、そういう色は毎日のように見ていた。みんなそんな肌だった。その色をした粒は、米粒よりも一回り大きかった。そういう粒をみると、炊いてみたくなるのが日本人だ。だから、まずは米と同じように水を加えて炊いてみた。硬くて、いくら炊いても食べられなかった。

後に、私以上に変わり者の友人の家に居候していたとき、「麦をたくさんもらったから」と、毎日、粒のままの小麦入りの玄米飯を毎日食べることになった。さすがに圧力鍋で炊くのだけれど、小麦は玄米よりも頑丈で、圧力鍋でしっかりと炊いているくせに、数日を経ずして顎が痛くなってしまった。種皮をかぶったままの小麦は、玄米以上にやっかいだ。

 

ということで、種皮を取らねばならないが、米とちがって、小麦は圧力をかけるとかんたんに潰れてしまう。硬いくせに脆いのだ。米ならば一升瓶に入れて棒でつくという方法である程度は種皮をとることができる(ただし、実際にやってみると、1食分を5分搗きぐらいするだけで1時間近くもかかる)。同じことを小麦でやると、どんどん砕けていく。そして、砕けた小片は、そのまま小麦粉だ。なるほど、小麦を粉にして食うわけだ。

ということで、製粉用のハンドミルの登場となる。電動式にすればよかったのかもしれない。手回し式だと100グラムを挽くのに10分ぐらいかかる。ちなみに、後にそば打ちに使う石臼を買って同様に小麦を挽いたことがあるが、石臼だと倍から3倍くらいの時間がかかった。とてもやってられるもんじゃない。だから、水車小屋とかいうことになるんだろう。小麦の消費には、動力が必要になり、長靴をはいた猫も登場するわけだ。

臼には、何回も通す。1回だけでは荒く割れるだけなので、もう1回通して粒の荒い粉にし、さらにもう1回通して細かい粉にする感じだ。この際、種皮はあまり細かくならない。だから、篩に通すことで表皮、つまりフスマは容易に除くことができる。私は全粒粉で食べたいので篩はかけなかったけれど、まあ、そのつもりならこの作業はたいしたものではない。

 

私は農家ではないのだけれど、さらに後になって、何度か小麦をつくったこともある。小麦は、秋も遅くなって播く。だから、米に比べれば雑草に悩まされることも少ない。よく耕しておいてバラバラと播いておくだけで、2月ごろに畑に行ってみると、青々と一面に広がっている。ほとんど手をかけることもなく、6月の初旬以降に収穫を迎える。ただこの時期が微妙で、たいていは梅雨時にひっかかる。穀物の収穫と調整に雨は禁物だ。だから日本では、収穫期が少しだけ早い大麦のほうが生産農家に好まれる。

大麦は、小麦と同様に硬いのだけれど、小麦とちがってかんたんに砕けてくれない。だから、粉に挽くわけにもいかず、下茹でをしておいてプレスした圧扁麦として販売される。麦飯にするのはそういう大麦だ。私は大麦はつくったことはない。ただ、大麦の粒をもらって麦茶をつくったことはある。フライパンで炒るだけで、けっこうおいしい麦茶ができた。

 

とりとめのない話を書いてしまった。