学校の始業時間はもっと遅くてもいい

オリンピック(やめときゃいいのに)とかに関連してサマータイム導入が提案されていること(余計なことだ)について、

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サマータイムは教育にこそ大きな影響を及ぼす

という話が増田(通称:アノニマスダイアリー、あ、逆だわ)にあった。私から見ればあまりにもあたりまえのことなのでスルーしていたのだが、どうもその因果関係があんまりピンとこない人もいるみたいなので、ここは不登校とも因縁が浅くない人間としてちょっと触れておかねばならないかなと思った。

 

まず、不登校と呼ばれるものの原因はいろいろあるのだけれど、特に中高生の場合、その少なくない部分を「朝起きられない」「無理に起きると気分が悪くなる」「頭痛がひどい」「吐き気がする」といった身体症状が占めている。このことは案外と当事者以外には見落とされているようだ。不登校の原因としてよく注目されるのはいじめや教師からのハラスメントで、決してそちらも放置していいことではない。しかし、たまたま私が出会ってきた不登校生の中には、そういった人間関係が主な原因で不登校になった人はいなかった。私の息子のように「宿題を出すのが嫌だから」と不登校になったやつはあんまりいないだろうが、その彼とて、やはり朝に起きられないタイプで、放っておいたらそのうちに「起立性調節障害」という診断つきの不登校になっていた可能性は低くない。

そう、この「起立性調節障害」というのはこういう「朝起きられないから学校に行けない」タイプの不登校につけられる医学的な診断名になっているようだ。私が教えていた生徒は、中2の冬にそういう状態になった。頭痛がひどくて保健室に行くしかなく、そのうちに登校できなくなってしまった。夜になるとマシになることも多く、だからこそ、「ズル休みなんじゃないの」という誤解を受けやすくなる。そういう無理解から人間関係にヒビが入り、いじめやハラスメント系の不登校へと発展することもあるようだ。私の生徒の場合はそうはならなかったらしいのだけれど、ずいぶんと気を使った。

 

そんな生徒を何人か担当するなかで調べたところ、実は中学生から高校生にかけて、「朝、起きられない」という現象が一定の率で発生するのは普遍的なことらしいとわかった。そういえば私も、高校時代はほぼすべての授業時間を眠り通したものだった。小学生で居眠りをする子どもはよっぽど生活リズムが乱れているか、それとも何らかのトラブルをかかえているものだけれど、中学生や高校生が日中眠いのは、特殊な事情とか関係なく、ほぼすべてに当てはまる。たとえば家庭教師として教えに行くと、ほぼすべての生徒がどこかで昼寝をしている。夕方6時とか7時からの生徒の場合はその前、学校から帰ってきて1時間とか30分の昼寝をしているし、もっと早い時刻の生徒は私が帰るなりベッドに倒れ込む。あるいは、朝起きられずに不登校になる。その仕組みは、どうも生理的なもののようだ。たとえば、

子 供 と青 年 にお け る睡 眠 パ タ ー ン と睡 眠 問題1) 早稲 田大学スポーツ科学学術 院2) 浅 岡 章 一 福島大学共生システム理工学類 福 田 一 彦 早稲 田大学スポー ツ科学学術院 山 崎 勝 男(生理心理学と精神生理学 25(1):35-43,2007

によれば、

思春期における就床時刻は年齢を重ねるごとに後退していくが, 就床時刻と比較して起床時刻の後退は緩やかであるため, その結果として年齢が進むにつれて睡眠時間は短縮する傾向にある(Fukuda&Ishihara, 2001;Thorleifsdottir, Bjomsson, Benediktsdottir, Gislason, &Kristbjarnarson, 2002, Figure3)。しかし, 必要とする睡眠時間は成長に伴って減少せず, むしろ同じ睡眠時間であっても, 日中の眠気は思春期前期よりも後期で強くなることが報告されている(Carskad0n, 1990)。したがって, 本人が求める理想的な睡眠時間と実際の睡眠時間とのギャップは小学生, 中学生, 高校生と発達段階があがるにつれて大きくなり, 十分に眠れていないと回答する学生の割合は, 中学生で40.4%, 高校生で52.5%にも達している(Takemura, Funaki, Kanbayashi, Kawamoto, Tsutsui, Saito, Aizawa, Inomata, &Shimizu, 2002)。日中の眠気も強く, 週一回以上居眠りをする割合は中学生で42%, 高校生で66%にのぼり(Fukuda&Ishihara, 2002), 学生の日中の眠気は, 成人よりも強い傾向にある(Fukuda&Ishihara, 2001;Liu, Uchiyama, Kim, Okawa, Shibui, Kudo, Doi, Minowa, &Ogihara, 2000)。成長期にある学生の眠気が身体の成長に伴う生理学的変化に起因している可能性も否定はできない。しかし, 睡眠時間が短い学生ほど日中の眠気が強いという調査結果(e.9., W01fson&Carskadonl998)や, 普段より一時間多く眠ることで眠気が大幅に改善されること(Ishihara, 1999), さらに, 睡眠不足の日が続くほど日中の眠気が強まるという実験室内で行われた実験の結果(Carskadon, 1990)を考えあわせれば, 児童・学生における日中の眠気の主たる原因が慢性的な睡眠不足にあると考えるのが妥当であろう。

とあるように、眠くなる時刻は年齢があがるにつれて後退するのに、必要睡眠時間はそこまで短くならないので、結果として睡眠不足になり、中高生は常に眠たいという結果になる。それを防ぐには、朝、ゆっくり寝かせるのがいちばんなのだろう。

実際、(文献を見つけられなかったのでちょっと怪しいのだけれど)アメリカでは登校時刻を通常よりも1〜2時間遅らせることで全体の成績が向上したという研究結果もあるらしい。不登校を防ぎ、生徒に学業に専念させることだけを考えるのなら、現在の学校始業時刻は、少なくとも中高生に関しては早すぎる。

ではなぜ、そんな早い時刻から学校を開けるのかといえば、それはもう、親の都合に過ぎない。親にとってみれば、子どもがさっさと学校に行ってくれないことには何も片付かない。仕事にも行けないし、家事にも差し障る。だから、学校の始業時間は変わらない。

 

重要なことは、子どもたちが眠くなる時間帯は、部分的には習慣であるかもしれないが、より強く、自然時間に縛られているということだ。人間が猿の時代から受け継いだリズムとして、夜、暗くなってすぐには眠くならない。だから、自然の概日リズムを無視して、1時間とか2時間前倒しすることはできない。もしも自然時間に逆らってサマータイムを導入しても、それは就寝時刻が後ろにズレるだけという結果になり、眠い中高生たちをさらに眠くするだけだろう。もちろん睡眠パターンには多くの個人差がある。一部の生徒はそれほどの影響も受けないかもしれないが、逆に一部の生徒は「いままでならなんとか起きられたのに、もうこれはダメ」となるだろう。結果として、「朝起きられない」タイプの不登校、すなわち「起立性調節障害」の診断が増えることはまちがいない。

さらに重要なのは、上記で触れたように、こういった医学的な症状による不登校が、結果的に人間関係や、あるいは「休んでいるあいだに授業が進んでしまってわけがわからなくなった」という学業不振をきっかけとする不登校を発生させやすくなるということだ。だから、もしも「不登校」を問題にするのであれば、まずはサマータイムに反対すべきだということになる。

 

ま、私は不登校そのものは問題だともなんとも思っていない。現状の学校なら、ときにはいかないほうがマシだってこともあるもんな。もちろんそれは、別問題ではあるのだけれど。