シアワセの容相

あしたはこっちだ

人殺しは特殊なことではない - 内なる残虐性を見落とさないために

昔は列車内でよく本を読んだ。最近それほどでもない理由は、クルマを運転するようになって電車移動の時間が減ったことでもあるが、パソコンのバッテリの性能が上がって、座れる限りはラップトップで仕事してることの方が増えたからでもある。いいことなのかわるいことなのかわからない。

それでも、パソコンを持ち出すほどでもないような電車移動の場合は、いまでも本をポケット(もしくはカバン)に入れる。この本、たまたまそのときに読みかけのものがある場合を除けば、なるべく読みにくい本を選ぶ。電車内で読みきってしまうと後が手持ち無沙汰だから。かといって、読みづらすぎる本、退屈な本は、携行しても結局開かないことになるのでよろしくない。ある程度興味深く、また、尾を引かないことも大切だ。電車を降りるときにあとが気になりすぎるとそこからの用事に集中できないから。

読むのに時間がかかるという意味では、英語の本がいい。いくら英語が得意といっても、いまだに私は英語を読むのに日本語を読むのの2〜3倍以上の時間がかかる。1冊あれば相当な時間を潰せる。そして日本語なら、岩波文庫に収録されているような古くさいのがいい。古典までいかなくても、明治期の重要な著作なんかはけっこう面白く、同時に読みづらい。「旧時諮問録」とか「大君の都」とか、幕末期の事情を伝えてくれる資料をポケットに入れて持ち運べるのは、岩波文庫ならではだろう。

そんな中でも割と短距離の移動に向いているなと思うのが篠田鉱造の「幕末百話」だ。何がいいといって、独立した一記事が2〜3ページで終わる。パッと開いたところから読める。時代劇なんかの時代考証の元ネタになっていたりするから、それなりに興味深い。それでいて、口語とはいえ古臭い文体で書いてあるから流し読みはできない。時間つぶしには最適のタイプといえる。今年も、何度目かの読み返しだと思うが、よく持ち歩いた。

この本、幕末の混乱期の実体験を、さまざまな人がさまざまに語っている。「面白い話をしてくれ」という著者の要請に応える形で古老が話したものだから、誇張や記憶違い、時には少々の虚偽も入っているだろう。それでも、眉に唾をつけながら、当時の人々の生きた様子をつかまえることができる。そんな気がする。

 

この本によると、幕末期の日本は相当に血なまぐさい。江戸の市中、辻斬りや喧嘩は日常的に起こっている。戊辰戦争や、その少し前の「貧窮組」の騒動、安政地震、嵐のような自然災害、火事など、人々が死傷する事件には暇がないように見える。もちろん、非日常のそういう事件が記憶に残って後に語られているのだから、そういうことばっかりではなかったはずだ。平穏な日常もあっただろう。それにしても、この時代の血なまぐささは、現代人の感覚から遠いものがある。

そして重要なのは、そんな血なまぐささに違和感を感じるのは、現代人だけでなく、その時代からまだ数十年、実際に体験した人々が多く生きているこの体験談が採録された明治末期にあってさえ、隔世の感を持って語られていることだ。明治末期といえば国内的には平和だったとはいえ、日清・日露戦争もあって現代よりはかなり荒っぽい。それでも、人間はすぐに騒乱の時代を忘れてしまう。記憶には残っていても、その残虐さを遠いものに感じてしまう。

 

だが、この「幕末百話」を読むと、人間がずいぶんとあっさりと殺されていることがわかる。もちろん、殺人はそれなりの罰を受けるわけだけれど、身分のちがいや状況によってはほとんど罪に問われない場合もあったようだ。喧嘩での殺しは逃げるが勝ちみたいなところもあって、殺人者が逃げおおせて若い頃の思い出としてそれを語っているような記事もある。そういった話を読んでいると、人間はけっこう簡単に殺人者になれるのかもしれないと思う。穏やかな老人に見えても、若い頃には血気盛んで相当危険なことをしていたのかもしれない。平和な世界の隣人も、社会の空気が変わればたちまち凶器を振り回すのかもしれない。そんなことには無縁だと思っている自分自身でさえ、そんな可能性がないと言い切れないのかもしれない。

 

たとえば、第二次世界大戦がどれほど残虐だったのか、平穏な時代を過ごしている私たちにはもうわからなくなっているのかもしれない。だが、私が子どもの頃にはまだまだその時代を生きた人がいくらでもふつうにいた。たとえば私の家の隣には、フィリピン戦線で闘った元兵士が住んでいた。非常に穏やかな人で子どもにも優しかったが、ときどき変な言動をする。「ちょっとおかしいから」というのが親の説明だったが、いまでいうPTSDというやつだったのだろう。その彼が、夕暮れ時に厳しい顔をして、銃剣で人を串刺しにする話をしていたのを覚えている。

そういう世界は、波風立たない日常のすぐ隣りにある。そしていったんスイッチが入ったら、人間は想像できないほどのことをする。大量殺戮の記録を読むと、よくそんなところまでと思うようなところまで殺すために探している。「草の根分けてでも」という表現は、決して過剰なものではない。もちろんそれでも逃げる方も必死だから、完全な皆殺しはできないことが多い。九死に一生を得るという表現は、だからそういう場面ではけっこう適切だ。多くが死ぬけれど、中にぽつりぽつりと生き延びる人がいる。

「幕末百話」の中でも、賊軍に参加して官軍の追討を受け、仲間の多くが死罪になる中を生き延びた人の話も出てくる。辻斬りの追跡をすんでのところで逃げ延びた人の話も出てくる。そういうのを読むと、人間の命は実に危ういのだなあと思う。そして、その危うさを握る側に立った人間がどれほど冷酷無比に行動できるのかを知って、肝を冷やす。

 

関東大震災の際に虐殺された朝鮮人の数、6000人が多すぎる推計でないかと言われている。いろいろ読んでみたら、確かに2000人ぐらいが妥当なような気もする。ただ、「6000人が多過ぎる」という主張の中に、当時東京に住んでいた朝鮮人の人数と比較して多すぎるというものがある。統計はあまり信用できないのだが、震災時点で東京には8千人から1万人程度の朝鮮人が在住していたようだ。関東全域だともう少し多い。にしても、その数に比較すれば、6000人は確かに多く感じる。「80%も殺せるはずがない」というのが、現代人の感覚だ。

実際のところは知らない。だが、人間、いったんスイッチが入ったら、その程度の虐殺はやってのける。「皆殺し」が正義という感覚になったら、本気で草の根を分けて探しだす。そういう状態になったときに、生き延びるのは「九死に一生」ぐらいの確率だ。そのぐらい、人間は効率的に仕事をする。特に、緊急時には大量に分泌されるアドレナリンのせいで、信じられないほどのことをやってしまう。

歴史を詳しく調べたわけではないので、関東大震災時の虐殺について何かを言うことは私にはできない。ただ、そのぐらいのことが可能かどうかということであれば、可能だといえるぐらいには人間を見てきた自負がある。そのぐらいには過去の歴史を学んできたと思っている。8000人のうち6000人を殺すことは、武器を持った正義漢が百人もいて、そして群衆がそれを消極的にでも支持していれば、十分に可能だろう。実際にそれがあったかどうかは別にして。

 

だから、私は自分自身に安心ができない。自分の中にも残虐性は眠っている。それが暴発しないように、常に自分を見張っていなければならないと思う。できるだろうか? わからない。

多くの人が、そうやって長い歴史を生きてきたのだと思う。わからなくても、やってみなければならないのだろうな。