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シアワセの容相

あしたはこっちだ

スパム発信者になってしまった! - これは自分を振り返る機会かもしれない

今朝(というよりもう昨日の朝)、メールを見たら、契約しているレンタルサーバーから「メール送信件数の上限を超過しております」との連絡。やばいよ! 全く心当たりがないのに、1000件以上のメールが送信されている。あわてた。

よく聞く話だがどこか遠いところのことと思っていた。業務用のサイトをハッキングされたらしい。こういうときに敏速な対応ができるひとが羨ましい。私にはできない。えっと、サイトの管理はどうやってたっけ? とりあえずレンタルサーバーからのメールにあるリンクから管理画面にログインし、怪しげなファイルがないか見始めるが、そんなことをやっている間にも次の「メール送信件数の上限を超過しております」メールがやってくる。えっと、CMSの管理は? ローカルのバックアップは? 入れ替えただけで大丈夫なの? CMSのバージョンってどうなってたっけ? しばらく触ってないとすっかり頭から抜け落ちている。そんなことよりなにより、いったんサーバー上のファイルを全て消してしまうことだと気がついて仮のトップページだけ残して全て削除して一息ついた頃には、3000件以上の不明なメールが送信されていた。あーあ、これで私もネット加害者だ。

 

原因とか管理責任とか、そういう話はここではしない。専門家でない私が書いてもトンチンカンなだけだ。原因の心当たりはあるし、それを放置していた責任はひとえに私にある。それ以上の分析をするつもりでこの記事を書きはじめたのではない。こういう恥をさらしてでもブログを書こうと思ったのは、これからのことではたと考えこんでしまったからだ。じっと悩んでいるよりは、手を動かして何か書いたほうがいい。書いているうちに、考えがまとまるかもしれない。ようやくそう思えるくらいに落ち着いてきた。

「業務用のサイト」というのは、翻訳事務所のサイトだ。個人営業の翻訳事務所を開いて十数年になる。最初から、Webに頼りきった事業だった。「事務所」といっても業務に使っているのは自宅の居間と書斎。外向きの営業は、Webサイトだけがオープンな場所だ。だから、Webサイトが消えるということは事業所が消えるというのとある意味等しいぐらいのインパクトがある。そのぐらい重要なサイト。

このサイト、十数年のうちに、何度かメジャーなアップデートを施してきた。ただ、最近のアップデートは単純にマルチデバイス対応への変更をしたぐらいで、大きな構造は変化させていない。ということは、つまりは事業そのものに大きな変化がなかったということ。Webが全ての事務所でWebに変化がない、というのはそういう意味。

それは、私自身が、翻訳という事業に対して大きな変化を求めなかっということでもあるのだろう。だが、実際には翻訳事業は、この十数年、激動の中にあった。そして、その激動もいよいよ最終段階に突入しつつある。機械翻訳の進歩だ。

 

ちょうど10年ほど前になる。サイトのメジャーアップデートをしようとしていた頃だ。翻訳の未来についていろいろ考えていて、最終的に「翻訳に未来はない」と結論づけた。これは、単に英語を日本語に置き換えたり日本語を英語に置き換えるだけの仕事には未来はない、という意味だ。では翻訳者はどうやって生き残っていけばいいのか? 一般論としては、その段階では付加価値としてしか意識されていなかった業務に比重を移していくしかないのだろうと思われた。

たとえばコンサルティング業務だ。翻訳という仕事は、意外とコンサルティングと相性がいい。いろいろな情報を扱い、コミュニケーションに気を配る仕事だから、業務をどう改善すればいいのか、ソリューションにかかわってくるアドバイスができる場合がある。実際、あるコンサルタントの仕事を請け負っているとき、「翻訳の仕事だけじゃなくてコンサルティングの仕事も回せるんですけど」と提案されたことがある。そのときは諸条件があって断わったけれど、やってやれない業務内容じゃないとは思った。 

あるいは、印刷をはじめとするパブリッシング、あるいは調査研究関連の業務とも相性がいい。翻訳に軸足を置きつつもそういった周辺業務に次第に重心を移していけば、翻訳で培った技術や知識を活用しながら新たな仕事をつくり出していけると考えていた。そうするしか、十年後、二十年後に生き残っていく道はないだろうと、あの頃はまじめに考えていた。翻訳者の実力は、決して文章を置き換えていくことだけにとどまるものではない。2つの言語をきちんと理解するということは、その間で生じる情報の屈折を読み取り、それが実務に及ぼす影響を知ることだ。だから、そこから幅の広い業務に進める可能性は小さくないと考えていた。

 

実際にそれから10年がたって、私はそんなふうに事業を変えてきただろうか? 否。それはWebサイトを見ればわかる。基本的に何も変わっていない。

決してそういうつもりではなかった。サイト構築にCMSを導入したのも、変化が前提だった。事業が変わっていくとともに、当然ながらWebサイトも変わっていくだろう。変化に柔軟に対応して素早く的確にサイトの内容を変えていくには、CMSを使うしかない。まだまだ静的なサイトも少なくなかった当時、「それではダメだ」と思い切らせたのは、「この先、同じことを繰り返していたんじゃ生き残れない」という自覚だった。

けれど、実際には変わらなかった。個人営業の限界、といえば言い訳に過ぎるのだが、事業を変えていくだけの余裕がまずなかった。目の前の仕事をやりくりするのに追われていた。そんな中で、仕事は確かに減っていった。ただそれは、決して予想通りの変化ではなかった。技術の革新によって一気に変わると思っていたのに反して、仕事の増減はもっぱら景気に左右された。景気が良ければ業務は持ち直し、景気が悪化すれば立て直すひまもなく生活が脅かされた。そして私は業務を改善するよりは、二足のわらじを履くことでそれに対処しようとした。家庭内の事情もあって翻訳以外の収入に頼る方向にシフトし、最終的には収入の道は二本柱になった。翻訳は未だに私の生活を支える重要な柱だが、規模はずいぶんと縮小している。そして、そんなさなかに、今回の事件が降って湧いた。

 

さて、どうすればいいのだろうか? 単純に復旧することは可能だ。おそらくそこが原因と思われる手抜きの部分(最新のパッチをサボっていたとか)を修正すれば、たぶん元どおりにもどすことはできるだろう。ただ、しばらく触らないうちに忘れてしまったことを思い出したり、最新の情報を収集したりと、手間が全くかからないわけではない。また、素人管理者の陥る危険性というものを今回思い知らされているわけで、それがベストと言い切れる気もしない。

素人が管理するのが危険だと思うのなら、プロの管理者を依頼すればいい。あるいは、それより簡単なのは、自分でCMS本体を触ることができないレディメイドのサイトビルダーを使うことかもしれない。WixとかJimdoとか、信頼性の高そうなところはいくらでもある。そういうところはブラウザ上のWYSWYGで必要なサイトを構築できるし、セキュリティはプロバイダ側で見てくれる。難点としては自由度が制限されることぐらいだろうか。もちろん、独自ドメインをのせることは可能。

その一方で、逆にCMSである必要もないのかもしれない、とも思う。メールサーバーを操作されたのはPHPで動くからで、静的なHTMLファイルをCGIの効かないサーバーに置いておくだけならかえって安全性は高いかもしれない。考えてみればほとんどアップデートしない情報を置いておくだけのサイトなのだから、変化を前提としたCMSでなければならないということはないだろう。

 

と、ここまで考えて、ああ、結局は、自分がこれからどう生きていくのかが問われているのだな、と気がついた。そこをしっかり見極めなければ、正しい対処はできない。

 

もしも、翻訳事業をこれから拡大していくつもりなら、サイト管理を外注してでもサイトを強化していかねばならないだろう。翻訳そのものは機械翻訳の進化の中で先細りは目に見えているが、逆にその周辺の業務には拡大の余地があるかもしれない。たとえば、機械翻訳を上手に使うノウハウ売り物にしたり、機械翻訳を活用しつつ大量の文書を低価格で高品質に捌いていくサービスなんかは、案外あるかもしれない。そういう方向に活路を見出すのか?

あるいは、翻訳から少しずつ離れながらも、そこに自分のセールスポイントを置いて新しい分野に進んでいくことも可能かもしれない。そのつもりなら、そこまでのサイトの強化は不要だけれど、やはり自由度の高いCMSを残しておくべきだろう。たとえば英語でプレゼンテーションをするようなケースはこれから一般にも広がっていく可能性が高いが、それをサポートするようなサービスを展開するとしたら、サイトをそれに合わせてつくりかえていかなければならない。その際に、CMSを活用できることは大きな力になる。

そこまで踏み出すだけの体力がない、という気もする。そして翻訳に全く未来がないかといえば、たとえばデジタルカメラが常識の時代に銀塩写真の写真家が存在するように、昔ながらの手作業の翻訳にこれから先だってそれなりの評価がつかないこともないはずだ。機械化の時代に手仕事職人として生き残る道もあるだろう。実際、この10年で減った仕事に対して増えた仕事の中身を考えたら、職人として生きるのが最もありそうな道に見えてくる。だとしたら、職人は職人としてのこだわりをアピールしなければならない。情報を発信するためのプラットフォームは必要だ。だが、それは自由度の高いCMSでなくてもいい。お仕着せの、安全なサイトプロバイダーで、情報の中身に集中するほうがいいだろう。WixやJimdoにでもお世話になるか。

しかし、10年前のように、翻訳の未来を真剣に考える必要がいまの私にあるのだろうか? 10年前はまだまだ息子も小さかった。大儲けまでは狙わなかったが、堅実に稼ぎたいと願っていたし、その必要もあった。その息子ももう一人前の不登校生だ。ここまできたら、あとは高齢貧困に落ちない程度に仕事をまわしていけばいい。副業の収入だってあるし、そこまで翻訳に賭ける必要もない。考えてみれば、ここ数年、翻訳受注の7割ぐらいはむかしから仕事をくれるクライアントだ。新たな顧客開拓の必要性はもうないのかもしれない。もちろん、そういったクライアントのためだけでもWebサイトは必要だ。数年ぶりに仕事の声をかけてくれるようなクライアントは、古いメールアドレスを掘り返すよりはWebサイトを経由してやってきてくれる。だが、そういう目的のためだけなら、おとなしい静的なサイトでも十分だろう。

 

結局のところ、これから自分はどう生きるのか、それをしっかり定めないとサイトの復旧もできないということになる。サイト侵入者は、思わず私に人生の問いを突きつけた。まだまだ老け込むには早いともう一山、翻訳を中心に事業展開を目論むのか、職人として面白い仕事を創り出していくのか、適当に流して楽をするのか、その他さまざまなバリエーションが考えられる。自分が望む人生は、一体どれなのだろうか?

 

さて、じっくりと考えて、答えを出すとしよう。それにしても、ほんと、世間に顔向けできんな、スパム発信者になるとは。小さな声で、「スミマセン」…