軍隊は違憲? - アメリカにもあった憲法問題

憲法改正は争点?

衆議院選挙が近い。今回の争点はまったく不明で、単純に政敵を追い落としたいだけの低次元の争いにしか見えないのだけれど、それでも各党の立場のちがいを比較することに意味はある。こんなサイトが、割とわかりやすかった。

go2senkyo.com

そこを争点とするのかどうかはともかく、上記サイトの調査では憲法問題で各党の立場が大きくちがう。設問がなかなかクレバーだなと思うのは、憲法について、それぞれ5段階のYes/Noで「憲法を改正するべきだ」という項目と「憲法9条を改正し、自衛隊の存在を明記すべきだ」という項目を分けていること。憲法論議でこれがよく混同されるのは、一部の左系が主張するように、「改憲勢力の本丸が9条だ」という、あながちウソでもない事情が存在するからだろう。けれど、「憲法を改正しますかどうですか?」という質問と、「改正するなら9条はどうしますか?」というのは、本来別物だ。だから各党の反応も、それぞれになる。たとえば公明党改憲には賛成だが9条に関しては中立、立憲民主党改憲は考慮してもいいが9条に関しては強硬というようなちがいが出る。

私自身は、憲法そのものに改正の手続きが書いてある以上、改憲が必要ならやったらいいと思う。しかし、いま改憲が必要かといえば、別に要らんようにも思う。憲法変えなければ困るようなことも起こっていない。だったら、国民投票とかするコストがムダじゃない。

 

とまあ、実際のところ憲法問題は私の関心ではないのだけれど、それでももしも改憲賛成派が勝利したら国会の議題にのぼってくるのは避けられない。無関心でばかりもいられないだろう。改憲するかどうかではなく、どんなふうに変えるのかとか、どこを変えるのかという具体的な話にもなるかもしれない。ちなみに、社会科で中学・高校生に憲法を教える立場の人間としては、現状の憲法そのものを変えるのではなく、アメリカ合衆国憲法のように修正条項を加えてオリジナルは残す方法にしてほしいなとは思う。現状の憲法は、あれはあれで歴史文書として非常に一貫しているので、継ぎ接ぎで変えられると読解できなくなる。歴史は歴史としてきちんと残しておく意味が、憲法ぐらいの重要文書にはあると思う。

ともかくも、具体的な話になったときに、やっぱり俎上に乗るのは9条だろう。なにしろ、自衛隊憲法9条に外見上の齟齬があることは、はっきりしている。ただし、「きちんと解釈すれば矛盾ではない」という極論から、「この程度の矛盾は矛盾のうちに入らない」とするなあなあ論、「矛盾はあっても運用上問題ない」という現実論から「矛盾があるから訂正しよう」という名実一致論、「現状の自衛隊では不足だから憲法から変えよう」というタカ派論議から果ては「違憲だから自衛隊は廃止」という理想論まで、さまざまな方向性のさまざまな議論がある。その中で自分の立ち位置を決めるのは、なかなか難しい。

だが、そもそも、憲法の条文と現実に多少の齟齬がある、というのは、それほどまずいことなのだろうか。軍事占領下での憲法成立という特殊事情のある日本に固有の事情なのだろうか。ふとそんなふうに思って調べてみたら、なんと、本家のアメリカにも実は軍隊をめぐる憲法問題があるということがわかった。日本のようにそこを巡る議論が決着がつかないわけではないが、日本以上に決着のつかない問題にも連なっている。そのスジの人には常識なのかもしれないけれど、ちょっと驚いたので報告を。

アメリカ合衆国憲法の陸軍

まずはその戦争に関する議会権限についての条文  

第1章

第8 条[連邦議会立法権限]

[第11 項]戦争を宣言し、船舶捕獲免許状(国家が私船に海賊行為をすることを認める許可状。1856 年のパリ宣言で禁止)を授与し、陸上および海上における捕獲に関する規則を設 ける権限。

[第12 項]陸軍を編成し、これを維持する権限。但し、この目的のためにする歳出の承認は、2 年を超 える期間にわたってはならない。

[第13 項]海軍を創設し、これを維持する権限。

[第14 項]陸海軍の統帥および規律に関する規則を定める権限。

アメリカ合衆国憲法|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN

アメリカの軍隊は、陸軍、海軍、海兵隊、空軍の4軍からなっているが、憲法に規定があるのは陸軍と海軍。このうち、海軍は「創設し、これを維持する」ことが認められているが、陸軍に関しては「編成し、これを維持する」権限を認められているものの、「この目的のためにする歳出の承認は、2年を超える期間にわたってはならない」となっている。小さなちがいだが、実は憲法ができたときには大きなちがいだったらしい。

どういうことか? 2年を超えて予算をつけられないと言いながら、アメリカでも役所は基本が単年度主義だ。だから、毎年予算は更新されるので、第12項の制限は事実上の制約にはなっていない。だが実は、憲法が書かれた時点で、これは陸軍に関しては「常備軍」を持たないという方針を表明したものとして理解され、合意されていた、ということらしい。

詳しい話はこちらの論文("The History of the Second Amendment" by David E. Vandercoy)に書いてあるのの受け売りなのだけれど、アメリカ建国の時点で、「建国の父」たちは常備軍に対して強烈な拒否感をもっていたらしい。その理由は、彼らの母国であるイギリスの歴史に遡る。ピューリタン革命を中心としたイギリス激動の時代、常備軍は常に権力者の手先として人民を弾圧してきた。理由は単純で、職業軍人は、給料を支払ってくれる権力者の命令を第一に考える。また権力者は、自分の命令に従う人間を好んで軍幹部として採用する。したがって、常備軍が権力者の側に着くことは避けられないし、権力者は常に暴走する危険性をはらんでいる。割りを食うのは人民だ。そして、その弾圧を逃れて新大陸に移民した人々は、最終的にはイギリス国王の常備軍を打ち破ることによって独立を達成した。だから、自由の国に軍隊はあってはならない。これが「建国の父」たちの共通した認識だった。けれど、彼らは現実主義者でもあった。新しく整わない自分たちの国が外国からの侵略を受ける可能性が高いことも十分に承知していた。どうすべきか。

ここで、再び母国であるイギリスの歴史が関係してくる。戦乱の世のイギリスでは、支配者は戦いに勝つために支配下のあらゆる力を動員する必要に迫られていた。ヨーロッパは本来ローマ軍団の残骸である「騎士」が土着領主として封土を支配する封建制を基本としていたが、戦争が続くと非戦闘員である農牧民までを動員するようになる。イギリスでは13世紀頃には「全ての健康な成人男子は武器を持ち、戦時には民兵として出役すること」という近代徴兵制へと続く慣習法が成立していたらしい。いったん戦争が起こると、常備軍に加え、この民兵が戦争に参加する。それは戦う双方ともそうだ。となると、敵の民兵が少ないほうがありがたい。したがって、戦争に勝った方は、常に相手方の民兵武装解除しようとする。常備軍の強化と民衆の武装解除が、アメリカ独立以前のイギリスで繰り返されていた。

ところが、アメリカ独立戦争を勝ち抜いたのは、植民地の民兵たちだった。植民地では、防衛のために民間人の武装を認めないわけにはいかない(参考:米国における軍隊の国内出動 ― 「カトリーナ」が残したもの ― 井上 高志。その武装した民間人が、イギリス伝統の民兵として武装蜂起に参加した。そして勝った。

だから、「建国の父」たちも、いざとなればこの民兵に頼ればいいと考えていた。全ての民間人を対象に、必要なだけの民兵を動員すればいい。およそ植民地の成人男子は、基本的な銃器の扱いはできる。いつでも兵士になることができる。その一方で、特殊な技能と装備を必要とする海軍については、常備軍として維持することもやむを得ないだろう。海軍は海の上のことだけを扱うのだから、民衆の自由を奪う権力者の道具になる可能性も低いだろう。

そんな考えから、海軍については「創設」(provide)する権限を議会に与えているのに、陸軍については「編成」(raise)する権限しか与えていない。「編成」は、文脈からは「招集」ぐらいの訳語のほうがしっくりくるだろう。つまり、陸軍に関しては、必要に応じて招集をかけ、必要がなくなったら解散する。だから、予算年限を2年と決めても問題はない。侵略戦争に対する戦いは、それほど長期に渡ることはないだろう。

アメリカ合衆国憲法は、少なくとも成立時には連邦軍としての常備軍の保持を禁じていたと考えていいようだ。あるいは、連邦陸軍は期間限定でのみ存在できると規定していたと言ったほうがいいかもしれない。軍隊はあくまで臨時編成のものであって、その期限は2年。ただし、海軍は除く。これが憲法の規定で、その後200年以上、改定されていない。ただし、表現が禁止規定ではなく、招集と予算執行の権限を与えるものであったため、解釈によってその後、常備軍憲法に矛盾しない形で運用されてきた。現代では、この第一章の第8条を根拠に「軍隊は違憲だ」というようなアメリカ国民はいない。

アメリカの憲法問題 

ただし、常備軍に対する「建国の父」たちの強い拒否感は、別の憲法問題を引き起こした。そしてそちらの方は現代のアメリカの国論を二分している。修正第2条だ。

修正第2条[武器保有権] [1791 年成立]

規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。

アメリカ合衆国憲法に追加され またはこれを修正する条項|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN

常備軍が権力の手先となって民衆を圧迫するというシナリオにおいて、「じゃあ誰がそういう権力者になるんだ」といわれれば、最もありそうなのが「連邦政府」というのが、「建国の父」たちの共通認識だった。これは、反連邦派だけではなく、連邦派にさえ共有されていた認識だというのだから、アメリカ人の自由への執着の凄まじさには驚くべきものがある。では、連邦政府の軍事的暴走を誰が止められるのかといえば、それは同程度以上に強力な軍隊でなければならない。そしてその軍隊は民衆を代表するものでなければならない。しかし、職業軍人は必ずその雇用主の命令に従う。であるならば、職業軍人ではない民兵がその任務を担わなければならない。

民兵は、すなわち武器をもった民衆だ。民衆は常に武器を携え、そして、いったんことあるときには集まって軍団を組織する。その組織は州単位で行えばいいし、平時でも交代で訓練と警備に当たればいいだろう。これが州兵であり、現在のNational Guard of the United States(国家警備隊、国防軍)ということになる。現在のNGUSは外見上、合衆国陸軍(United States Army)と区別がつかない。どちらも大統領の指揮下にあるし、どちらも同じような階級をもち、どちらも同じように任務に着く(例えば海外派兵もかなりの部分はNGUSが担っているらしい)。ただし、州兵の任命権は州にあって連邦にはないし、兵士は原則として専業ではなく、特に志願しない限りは6年間で累計24ヶ月以上の軍務を課せられないなどの規定があるというNational Guard of the United States - Wikipedia。このあたり、「建国の父」たちの民兵に対する思想が連綿と続いているといっていいだろう。つまり、もしも合衆国陸軍が暴走したら、それを止めるのは州兵部隊だということだ。

そして、州兵を構成するのは、原則として民衆の全てでなければならない。なぜなら、一部の職業軍人は、必ず一部の権力者の手先となるからだ。そして、そのためには、一般人は常に武器を携え、その扱いに習熟していなければならない。少なくとも、そうする権利を剥奪されてはならない。

なぜなら、イギリスの歴史は、権力者による反対勢力の武装解除が権力の強化手段として実行されることを教えているからだ。軍隊を手先として暴走する権力者は、必ず、反対勢力である民衆の武装解除を行う。そのような武装解除を明示的に禁止するのが、合衆国憲法の批准と抱き合わせで制定を約束され、そして最初の議会で憲法に加えられた修正第2条なのだ、という。

そして、その「武装する権利」が、アメリカを大惨事に陥れている。乱射事件は跡を絶たず、小規模な銃にまつわる事件・事故は報道さえされない。対岸から見ていれば「銃規制すれば済む話じゃないか」と思うのだけれど、彼らにとっては、それは国家を二分する憲法問題だ。日本人がなぜ憲法9条があるのか、その理念は何かを社会科で教えられるのと同じように、彼らは修正第2条の成立の背景、その理念を教えられるのだろう。だから、日本人にとって9条に手をつけることが平和を乱すことのように感じられるのと同じくらいに、彼らにとって修正第2条を無視することは自由を否定することになる。憲法違反をしてまで銃犯罪を防ぎたいのかと言われれば、それを本末転倒だと考えるアメリカ人が多いのだろう。そして、憲法論争が感情的になるのも、どうやら日米を問わず、ということらしい。

やっぱり憲法は放っておこうよ

こんなふうに アメリカの憲法を見ていると、日本の憲法について、その論争になりがちな9条について、ちょっと別な角度から見えてくるものがある。それは、「実は9条は軍隊を放棄してないんじゃないの?」ということだ。

現在の日本国憲法が占領軍総司令部の草案によるものであることは、いまさらなんの秘密でもない、義務教育の教科書にさえ書かれている歴史的事実だ。その経緯がどうだったかは、いまでも新たな知見が出てきているぐらいでかなり靄がかかっているが、その草案をもとに国会で(主にその解釈を)綿密に議論され、その末に議決によって成立したという正統性とともに、かなりの部分がアメリカ由来であるということは否定してはならない。そして、アメリカ人は、アメリカ人としての常識をもっている。すなわち、常備軍に対する拒否感だ。

そう思って読むと、

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

の第2項にある「陸海空軍その他の戦力」とは、常備軍を意識しているのではないかと思えてくる。なによりも、「保持しない」という文言は、アメリカ合衆国憲法の陸軍の「維持」(support)に相当するように見えてくる。アメリカ的な感覚だと、「国権の発動たる戦争」を行うのは集権的な権力者であり、その手先となるのは常備軍だ。だから、その目的を達するためには常備軍は保持してはならない。だいいちが国家には交戦権を認めない。

しかしながら、 そういった国家の専制的な行為に対する自衛は、当然ながら基本的人権の一部として認められるはずだろう。その専制は、日本国内に発生する場合もあれば、外国に発生する場合もある。それに対して武力で対応するのは、修正第2条をもつような国の国民としては書くまでもない基本的な権利と感じていたはずだ。

そんなふうに思うと、占領軍総司令部のとった戦後処理の大方針、すなわち、「今回の戦争は軍部の暴走であり、日本国民の大部分は一部の指導者に騙されていたのだ」ということで世論をまとめあげようとした大方針も、ひょっとすると彼ら自身がそう信じていたのではないかと思えてくる。彼らにとって常備軍は必ず専制権力と結びつくものであり、あってはならないものだった。だから常備軍は解体で、二度と保持しない。常備軍や専制権力による「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」しなければならない。戦争に勝利した高揚感の中で、そんな理想主義に酔っていたのだと考えてみてもいいのかもしれない。

 

 

もしも日本国憲法の第9条がそういうふうな思想でできたのだとしたら、自衛隊の存在がそれほど憲法違反には見えなくなるのかもしれない。もちろん、自衛隊職業軍人から構成されていて、決して民兵ではない。それでも、文民統制の原則やその活動をきちんと管理する法制度を厳格にしていけば、その武器が国民に向けられるような事態は避けられるのかもしれない。そして、もしもそれが可能であるならば、憲法はいじらなくていい。

正直、私にとって、憲法改正はぜんぜん嬉しくないんだよな。ただでさえ公民は教えることが多くてうんざりするのに、この上、また教えることが増えるのかと思うと…

政治に経済を語ってほしくない - どうやら私は自由主義者らしい

政党座標テストなるものがあった。

www.celebritytypes.com

むかし流行った性格診断とか動物占い程度のことではあるのだけれど、意外な結果が出たのでちょっと考えさせられた。

あなたの政党同調度は:

完全に右派と左派の中間, 61.1% 自由主義者

自分自身の意識としては私は「ノンポリ」だ。いまではこういう言い方はしない。私が若い頃は「野球チームはどこ?」というのと同じくらい気軽に政治意識を尋ねられたものだ。ちなみにその時代、「野球じゃなくてサッカーなんですよね」というのはあり得ない話で、どうでもいいと思ってる人はだいたいが「巨人かなあ」で、アンチが「阪神タイガース!」、本当の野球ファンは「近鉄」とか「南海」と答えたものだった。政治の方では「右」か「左」か「ノンポリ」に三分された。どれかのカテゴリーに分類しなければおさまらないのがダイバーシティもへったくれもない当時の空気で、私はノンポリ枠だった。

とはいいながら、私の人生、完全に非政治的であったのかといえば、それはちがう。いまでも密かに自慢しているのだが、国政選挙の公示日前日に届出書類の束を抱えて3つの府県の選管をハシゴした人間というのは、たぶん私ぐらしか生存していないだろう。参議院の全国比例区に10人の候補者を立てるというミニ政党の無謀な企画に乗っかって、その裏方をやったらそういう結果になってしまった(もちろん選挙は大敗を喫した)。そういう人間を非政治的とは言えない。

けれど、その政治運動は、右でも左でもなかった。だから古い時代の枠組みでいえば、「ノンポリ」とでも表現するしかないだろう。活動中にはけっこう多くの新左翼系の人々が流れ込んできたから、そういう人々には恩義もあるし、親しくもなった。ただ、違和感も感じていたから、私はあえてそういう人々に対しては「右翼ですよ」と自分の立ち位置を表現していた。私が右翼を名乗らなくなったのは、単純に「ネトウヨ」みたいな人々と一緒に括られたくないと思うようになったからに過ぎない。あるいは、もしもそういう「愛国」的な人々が右翼なのだったら、私は右翼ではない。右の主張にも左の主張にも、違和感ありまくり。

ということで、上記の「政党座標テスト」で「完全に右派と左派の中間」とされたことには驚きはなかった(驚きはないけれど、客観的に見れば自分の言動は「はてサ」と呼ばれる人に近いのかなと思ってたから、ちょっとした安心でもあった)。驚きだったのは、「61.1% 自由主義者」のほうだ。へえ、私ってリベラルだったんだ!

 

この「政党座標テスト」、アメリカのサイトだから、アメリカの政治状況下での評価だ。だからこの場合の「自由主義」は「リベラル」の翻訳である。ちなみに「自由主義」の対極に位置している「共同体主義」は耳慣れない言葉だが、英語では「communitarianism」となっている。「コミュニティ」重視の主義主張ということになる。つまり、「個人」を重視する自由主義に対して「地域」や「社会」を重視する立場となる。右に寄れば伝統社会を守る「保守」となり、左に寄れば「社会主義」となるわけである。

私に関していえば、かつての政治的活動の立場からいえば、「地域」重視のはずだ。だから「共同体主義」の方に大きく振れていても不思議はないのに、やってみたら「自由主義」に大きく偏った。ちなみに、英語版でもやってみたら「27.8% Left, 47.2% Liberal」と、ちょっと左に寄ったけれど、自由主義側に大きく偏っている傾向は変わらない。英語と日本語の結果がちがうのは、そのときの気分もあるけれど、やっぱり翻訳の問題だろう。これはこれで興味深いが、まあ、そこはおいておく。

 

この2次元の党派性の分布を見ていて気がついたことがある。それは、左右の軸を形成している価値観が経済であり、上下の軸を形成している価値観が正義であるということだ。経済についての考え方のグラデーションによって水平座標の位置が決まり、正義に関する考え方の変異によって垂直座標の位置が決まる。経済に関しては制限と放任、正義に関しては個人優先と社会優先が両極端になるという仕組みだ。これはまあ、解説にも書いてある。

気がついたのは、このマトリックスでは経済と正義をそれぞれ独立した指標と考えているけれど、自分はそうではない、ということだ。自分は経済と正義を対立するものと考えている。対立という言い方はちょっとちがう。互いに政治的リソースを食い合うものだと捉えている。だから、政治の争点が経済政策になることにひどく違和感がある。そんなことをやってるヒマがあったら、もっと正義のことに取り組めよと思ってしまう。それ、政治のやることじゃないから、と。

もちろん、経済は重要だ。人間、食うものがなければ生きていけない。正義ということでいえば、食うものがあってはじめて正義を考えることができる。衣食足って礼節を知る、だ。さらに、多くの不正は、経済的な搾取の形をとって現れてきた。だから、正義を語るのであれば、まず経済をどうにかしなければならない、という発想はわかる。けれど、経済活動というのは本来個人の領域のものだ。そうじゃないの?

 

政治は、個人と個人が集まって社会をつくったときの社会の動きを扱うものだ。そのツールは法律であり、財政である。ごくごく大雑把に括れば、法律は正義を扱うものであろう。では、財政は経済を扱うものなのか? ケインズ以来、その答えは「イエス」になった。しかし、本来、財政は正義を実現するためのコストを支払うためのものではないのだろうか?

では、なぜ財政が経済を扱うようになったのか? 答えは簡単で、それが正義の実現への早道だと考えられたからだ。たとえば、多くの食えない人がいる。人間と生まれて生きていくのに十分なリソースがないのは正義ではない。しかもそのリソースが全体として不足しているわけではなく、一部に偏在しているために多くの人に行き渡らないのであれば、それは断じて正義ではない。では、その不正を正すためにコストを支払うとして、どのような手段が最も確実かつ低コストか。私有財産の没収と計画経済というソリューションを出したのが百年前のソビエト連邦であり、景気を刺激することで富の循環を促進するというソリューションを試みたのがアメリカ合衆国だった。どっちが正しかったのかはすぐに世界的な戦時経済体制に入ったのでわからなくなったが、戦後数十年の変遷の中で生き残ったのは後者のほうだった。

つまり、経済は手段であって目的ではない。そして、目的が正義であるのなら、経済という手段がベストであるのかどうかは常に再検討されるべきだし、もしももっとコストパフォーマンスの高い手段があるのであればそちらに切り替えるべきだということになる。あるいは経済的な手法に関して、方向性を切り替えることも十分に検討に値することになる。

だから、経済を正義とは別次元のものとして横軸に表現することは、ある程度は妥当性があるのだろう。ただ、その場合でも、経済は正義の実現手段なのだから、まずはどういう正義を実現するのかがはっきりしていなければ適切かどうかを判断できないはずだ。ところが、なぜだか政治の話をすると、必ず「経済はどうします?」というのがくっついてくる。その場合の「どうします?」は、一方的に「景気を良くすることが政治の使命である」という価値観に立脚している。それ、本末転倒だから。

 

長いこと生きてると、景気がいい時代も悪い時代も見てくることになる。そしてどんな時代にも、幸福な人と不幸な人の両方がいることがわかる。景気が良ければ誰もが幸福かというとそんなことはないし、景気の悪い時代にはみんなが不幸かというとそんなこともない。ただ、景気の悪い時代にはその割りを食って追い詰められる人々が増えるのは事実だ。それは(例えばバブル期のように)景気がいい時代に勘違いをして身を持ち崩す人々が増えるのと同じくらいにまちがいない。そして、バブルに浮かれて生活を壊してしまう人々に対して自己責任をいうのは容易いが、不景気で失業して生活苦に陥る人々に同じことをいうのは酷だ。だから、景気が落ち込まないように配慮することが政策としてあってもかまわないとは思う。

しかし、より重要なことは、景気がよくても悪くても一定数は発生する不幸を、経済にかかわらず救済することだろう。つまり社会保障政策だ。その政策のコスト効率を高めるには、発生する不幸を少なくするほうがいい。そのためには極端な景気の悪化は避けたいし、もしも経済政策によって悪化を容易に避けられるのであれば、それは実施すべきだろう。

 

ここで重要なのは、経済の動きをコントロールすることは、まだまだ人間にはできないということだ。少なくとも、再現可能性を実証性の基礎に置いた近代科学的な発想は、1回こっきりの歴史過程を制御することに向いていない。制御しようとする人間そのものが制御されるシステムの一部なのだから、システム論的にも相当に困難なことは理解できる。そして実際に、多くの経済政策が予想外の展開を生み出している。

さらに、仮に経済の動きをある程度コントロールできたとしても、それが必ずしも政治の目的とは整合しないということがある。たとえば、100年前の経済学者が考えた有効需要の創出という発想は、それなりに説得力はあるし、実証的にもその効果は認められているらしい(このあたり、勉強していません。伝聞です)。しかし、マクロの経済の動き(というよりもマクロな経済指標の動き)と個別の苦境(年収や可処分所得)との関係は必ずしも連動していない。平均的にはそれらの指標はある程度関係しているのだけれど、政策が対象とすべきなのは社会的な正義という観点から見てこぼれ落ちる層なのだから、そういった人々との関連で見なければならない。そうなってくると、マクロな経済指標はどうも怪しくなってくる。たとえば、リーマンショック以後のどん底を経てからは、経済指標は一方的に右肩上がりに上昇している。その中で、「等価可処分所得の中央値の半分に満たない」人々は増加している。つまり、社会保障政策の対象とすべき人々が増えているわけだから、マクロの経済指標と政策目標は必ずしも相性がよくないことがわかる。

つまり、正義を実現するという政治の目標の手段として経済に手を出すというのは、それほど効率的なことではない。効率的な局面もあるにはあるのだけれど、常に効率的かと言われれば決してそうではない。 むしろ、経済政策は、そこに費やされるリソースの大きさからいって、他の政策を制限する要因として働くのではなかろうか。

 

政治に経済政策を期待する声を聞いてみると、「そりゃ、景気がいいほうが仕事がしやすい」「収入が上がる」「生活が楽になる」というもっともな内容であることが多い。けれど、個人の経済活動なんて、しょせんは個人的なものだ。いい仕事がしたければ転職すればいいのだし、収入が欲しければ頑張って働けばいい。生活が苦しければ不要な支出を削る工夫でたいていの場合はしのげる。それでも苦しいときに、はじめて社会的な正義に訴えることができる。

だから、まともに生活できている人々、ましてや株の売り買いやら資産の運用やらでヌクヌクと暮らしている人が、いまさら政治に何を求める根拠があるのだと思う。株が上がったほうが嬉しいってたって、それはあんたの商売の話であって、およそ政治とは関係ない。正義とは無関係だ。

だから、政治に経済を語ってほしくない。アベノミクスとか、そういうことをあたかも重要政策であるかのようにいうのは勘弁して欲しい。それに対抗して経済政策をどうこう話す方も見苦しい。「経済は争点ではない」ぐらいに言い切って欲しい。ところが、そういう政党はない。共産党でさえ、経済を口にする。そりゃそうだろう、左右の軸は、経済の軸で、共産党といえば左であることがアイデンティティなんだから。

実際、私がかつて関わったミニ政党でさえそうだった。「経済よりも生命を」という思想を根本にもっていたはずなのに、いざ立候補して「経済政策はどうしますか」とアンケートがきたら、「もちろん、経済はしっかりやります」みたいな回答をしていて心底がっかりしたものだ。カネがなければ始まらないという厳粛な事実と、金儲けを重視しますというのは、根本的にちがう。政治にはそこをはっきりと区別して欲しいと思うのだけれど、どうやら私の思想は極端にマイナーなものであるようだ。

 

そんなふうに自分の思想をまとめてきて、ようやく納得がいく。なるほど、私は「自由主義者」だ。自分自身の生き方について、とやかく言われるのを嫌う。私がなにか商売を始めたかったら、それは放っておいて欲しい。倫理的に問題なければ、何業でもかまわないだろう。それが失敗しても成功しても、自分のやったことだ。同じことを他人にも求める。

ただ、そうはいいながら、それで失敗した人々が苦しむのを見るのは嫌だ。それは人間として許されない。だから、そこを守る政策は必要だし、もっと踏み込んでそういう不幸が発生しにくいような政策も必要だろう。そして、そのコストを負担することも厭わないし、コストがかかるならお金のあるところから徴収するべきだろう。

なるほど、「リベラル」とはこういうことか。リベラルはもともと自由主義者で政府の介入を嫌う人々だったけれど、その流れはネオリベに行き着き、それとは別に社会保障や社会的な公正を重視する人々を現代ではリベラルという。そういう説明を聞いて長いこと腑に落ちなかったけれど、自分自身がリベラルだと判定され、そして自分自身の思想を点検してようやく納得がいった。

自由であることは、責任を伴う。その責任とは、社会的正義だ。そして、自由を自明視するのであれば、同時に社会的正義の実現も自明視しなければならない。だから後者が目立ってあの「リベラル」の概念になる。

だったら、リベラルと呼ばれている人々が政治に経済を持ち込むのはまるで似つかわしくないと思う。結局、そういう人々って、本当の意味でのリベラルじゃないんじゃないかなあ。それとも私の「61.1% 自由主義者」判定がおかしいのか。ま、しょせんは性格判断だし。

定義をするのはむずかしい - ネコは液体か?

イグ・ノーベル賞の季節である。Improbable Researchの発表によれば、トップに来るのが物理学賞「ネコのレオロジーについて」。この「レオロジー」、聞き慣れない言葉だが、連続体力学の中で粘性をもって流動するもの一般を扱うものらしい。そういえば学生の頃に「流れ学」みたいな講義があって、「それって流体力学とちがうんですか?」と、主に単位の関係で疑問に思ったものの、適当に過ごしてしまったような記憶が蘇ってきた。流体力学ニュートン流体と非ニュートン流体の力学を対象とするのに対し、レオロジーは非ニュートン流体の力学と塑性力学をまとめて扱う。といったあたりは俄仕込みの知識だ。

で、非ニュートン流体というのは、水や空気のような単純な挙動をする流体ではなく、塩ビやゴム、デンプンのような高分子がドロっと動くような場合の流体を指すらしい(ああ!いい加減だ)。飛行機の揚力みたいなのは割とニュートン流体的な解釈で計算できるのだけれど、マヨネーズとかケチャップみたいな食品工業で扱うものはだいたい非ニュートン流体らしいので、そっち方面の工学ではけっこう重要な基礎らしい(このあたりとか、参照)。

で、受賞論文を読んでみた。なかなかおもしろい。その紹介。

 

まず、この論文、半分はジョークである。末尾のAcknowledgementを読むとわかるのだが、これは非ニュートン流体力学の権威(らしい)Gareth H. McKinley教授の50歳の誕生日とビンガム賞受賞を記念して書かれたもので、所属も大学と学会(これもちょっと怪しめ)に加えて、「McKinley一家」と、明らかにジョークがかかっている。それでも一応は学会誌なので、決しておふざけには流れていない。ところどころにジョーク(たとえば株屋の慣用句である「死んだネコでも高いところから落とせば少しは反発する」みたいなのを引用するとか)を散りばめてはいるが、論旨はしっかりしている。

で、その論の要は、つまりは固体、液体の定義だ。すなわち、古くから物質の三態は、定性的に定義されてきた。しかし、レオロジーでは、より定量的に、数式を使って定義する。その定義に照らして、ネコを判定してみようというわけだ。ちなみに、いかにも学術論文らしくネコは学名で記載されているが、これもジョークのうちだろう。

さて、レオロジーでは、固体か液体かをデボラ数を用いて判定する(らしい)。デボラ数についてはこちらの解説がシロウトにはわかりやすかったのだけれど、

デボラ数ですが,これは材料の緩和時間と工程の滞留時間の比で定義され,緩和時間に対して通過する工程の滞留時間が短ければ材料は弾性体(固体)として振舞い,滞留時間が長ければ粘性体(液体)として振舞います.

とのこと。つまり、ネコについてデボラ数が算出できれば、それは現代的な科学らしく定量的に固体か液体かを判定できるだろう、ということらしい。

で、そこからの(おそらく玄人受けするジョークを含んだ:たとえばキャピラリー数をわざとcatpillaryと綴り間違えるとか)ディスカッションはすっ飛ばして読み進めると、さらにネコの乾湿、摩擦、降伏応力、接着性などを検討している。わけわからない。たぶんレオロジー関係者には馴染みの深いさまざまな流動体の性質や状態になぞらえているのだろう。そして後半、さらに踏み込んだ検討としてレイノルズ数Weissenberg数を持ち出し、さらには古代ギリシアヘラクレイトスまで持ち出す衒学ぶりで議論を進めるのだが、このあたりもシロウトには読みこなせない(仕事ならもうちょっと頑張るんだけどね)。ざっと見たところでは、万物流動ヘラクレイトスの思想は、「力」がなければすべてのものは止まると考えたアリストテレスによって影響力を失い、さらにガリレオ以降の合力がゼロであれば運動は変化しないという古典物理学の思想によって否定されたみたいな歴史が書いてあって、結局レオロジーヘラクレイトス的でもありアリストテレス的でもありガリレオ的でもある、みたいな感じの議論なのかなあと思う。

で、ネコなんだけど、結局それは慣性的であるのか弾性的であるのかなどの考察を経て、結論はネコはじっとしてないし、「さらなる研究が必要」みたいなことになっている。ま、このあたりはお約束の書き方なのかな。論文は以上。

 

で、ネコは固体なのか液体なのかということでいえば、もちろん、常識的に言ってこれは固体。まあ生物というのは大半が水でできていて、特に動物は革袋に入れた水みたいなもんだから、液体っぽい動きも多少はある。けれど、常識的には液体じゃあり得ない。

ただ、学問の世界での用語は、日常の世界とは微妙に異なる。例えば論文中でも出てくるpowerは日常的には「力」だけれど、物理学では仕事率のことであって、日常的な意味とは別な意味合いをもつ。ニュートン力学での「力」はforceだが、これは決してジェダイが操る「銀河の万物をあまねく包み込む」ものではない

学問に限らないのだけれど学問の世界では特に、言葉は定義された上で用いられる。だがその定義は、ときには日常の経験や常識と整合しない。この論文が(たとえ笑いの要素を評価の尺度としている賞とはいえ)イグ・ノーベル賞を受賞したのは、そういった定義による判定と日常的な経験による判定のズレをしっかりと把握していたからではないだろうか。(かなり強引なこじつけや飛躍があるといえ)、レオロジーの定義を杓子定規に当てはめていくと、ネコは固体であると同時に液体であるとも判定されるのかもしれない。だが、それでもって我々の日常経験が否定されるわけではない。学問の正当性も揺るがない。それがこの論文の鮮やかな結論ではないかと、私はシロウトなりに読んだ。

 

実際、言葉はむずかしい。定義されて使う文脈であっても、往々にして日常的な文脈での用法が混入し、議論を混乱させる。正確な定義の重要性についてはこのブログでも書いてきたし、言葉の定義を辞書から引用した記事も数多い。そうはいいながら、私自身、定義されない言葉に頼って文を書くし、定義がはっきりしている言葉をわざわざひっくり返してみたりもする。かくもいい加減なことばかりしているのに、定義が重要だなんて、聞いて呆れるかもしれない。

それでも、ほんと、誰かが何かを言ったときに、その言葉がどういう意図で用いられているのかを正確に見極めることが、どんどんと重要になってきている。バベルの塔が崩壊したようなこの時代、その作業をおろそかにしたら、次に来るのは混沌しかない。

 

いや、もう混沌の中にいるのか。マヨネーズのような流動体の中でもがいているのが、案外と現代の人間かもしれないよな。レオロジーよ、救っておくれ!

イグ・ノーベル賞「ネコは固体にも液体にもなれることを流体力学で証明」に日本からの寄与があった!

イグ・ノーベル賞、今年も日本人の受賞で話題になっているが、もうひとつの話題は物理学賞。

nlab.itmedia.co.jp

この元論文、id:n-stylesさんの紹介で

http://www.rheology.org/sor/publications/rheology_b/RB2014Jul.pdf

とわかり、早速読んでいるのだけれど、なかなかの難物。なにせ、流体力学は大学時代、ぎりぎり単位はもらったものの、最後までお経でしかなかった。レイノルズ数って、なんだったっけ?

 

ただ、最後まで目を通すと、日本人にとって無視できない記述があっった。

Very recent experiments from Japan also suggest that we should not see cats as isolated fluid systems, but as able to transfer and absorb stresses from their environment. Indeed, in Japan, they have cat cafes, where stressed out customers can pet kitties and purr their worries away.

「最近の日本での実験によれば、ネコは周囲から断絶した流体系ではなく、周囲からの応力(ストレス)を転移・吸収することができる。実際日本には猫カフェというものが存在し、ここでは応力を受けて変形した(stressed out)顧客は子猫を愛玩し、その憂さを晴らすことができるのである」

 

日本の研究レベルが世界的に低下を続けていると報道される中、これはなんとも誇らしい成果ではなかろうか(そうなのか?)

 

時間があれば、研究の詳細を紹介しようと思うけど、あるのかな? 時間。

 

 

追記:書いてみた。しっかり読んでないのがバレて、恥ずかしいな。

mazmot.hatenablog.com

今年こそ、らんぷミュージアムへ行こう

去年、こんな記事を書いた。

mazmot.hatenablog.com

追記に書いたとおり、臨時開館日にすっかり忘れていていきそびれたのだけれど、今年も臨時開館があるという。

開館月日
平成29年 9月29日(金)、30日(土)
10月20日(金)、21日(土)
※各日11:00~12:30、14:00~15:30に専門スタッフによる展示品ガイドを実施します。(申込不要)
開館時間
10:00~17:00(入館は16:30まで)
場所
神戸市中央区京町80番 クリエイト神戸3階
入館料
無料

www.kepco.co.jp

今年こそ、忘れずに行こう。

人殺しは特殊なことではない - 内なる残虐性を見落とさないために

昔は列車内でよく本を読んだ。最近それほどでもない理由は、クルマを運転するようになって電車移動の時間が減ったことでもあるが、パソコンのバッテリの性能が上がって、座れる限りはラップトップで仕事してることの方が増えたからでもある。いいことなのかわるいことなのかわからない。

それでも、パソコンを持ち出すほどでもないような電車移動の場合は、いまでも本をポケット(もしくはカバン)に入れる。この本、たまたまそのときに読みかけのものがある場合を除けば、なるべく読みにくい本を選ぶ。電車内で読みきってしまうと後が手持ち無沙汰だから。かといって、読みづらすぎる本、退屈な本は、携行しても結局開かないことになるのでよろしくない。ある程度興味深く、また、尾を引かないことも大切だ。電車を降りるときにあとが気になりすぎるとそこからの用事に集中できないから。

読むのに時間がかかるという意味では、英語の本がいい。いくら英語が得意といっても、いまだに私は英語を読むのに日本語を読むのの2〜3倍以上の時間がかかる。1冊あれば相当な時間を潰せる。そして日本語なら、岩波文庫に収録されているような古くさいのがいい。古典までいかなくても、明治期の重要な著作なんかはけっこう面白く、同時に読みづらい。「旧時諮問録」とか「大君の都」とか、幕末期の事情を伝えてくれる資料をポケットに入れて持ち運べるのは、岩波文庫ならではだろう。

そんな中でも割と短距離の移動に向いているなと思うのが篠田鉱造の「幕末百話」だ。何がいいといって、独立した一記事が2〜3ページで終わる。パッと開いたところから読める。時代劇なんかの時代考証の元ネタになっていたりするから、それなりに興味深い。それでいて、口語とはいえ古臭い文体で書いてあるから流し読みはできない。時間つぶしには最適のタイプといえる。今年も、何度目かの読み返しだと思うが、よく持ち歩いた。

この本、幕末の混乱期の実体験を、さまざまな人がさまざまに語っている。「面白い話をしてくれ」という著者の要請に応える形で古老が話したものだから、誇張や記憶違い、時には少々の虚偽も入っているだろう。それでも、眉に唾をつけながら、当時の人々の生きた様子をつかまえることができる。そんな気がする。

 

この本によると、幕末期の日本は相当に血なまぐさい。江戸の市中、辻斬りや喧嘩は日常的に起こっている。戊辰戦争や、その少し前の「貧窮組」の騒動、安政地震、嵐のような自然災害、火事など、人々が死傷する事件には暇がないように見える。もちろん、非日常のそういう事件が記憶に残って後に語られているのだから、そういうことばっかりではなかったはずだ。平穏な日常もあっただろう。それにしても、この時代の血なまぐささは、現代人の感覚から遠いものがある。

そして重要なのは、そんな血なまぐささに違和感を感じるのは、現代人だけでなく、その時代からまだ数十年、実際に体験した人々が多く生きているこの体験談が採録された明治末期にあってさえ、隔世の感を持って語られていることだ。明治末期といえば国内的には平和だったとはいえ、日清・日露戦争もあって現代よりはかなり荒っぽい。それでも、人間はすぐに騒乱の時代を忘れてしまう。記憶には残っていても、その残虐さを遠いものに感じてしまう。

 

だが、この「幕末百話」を読むと、人間がずいぶんとあっさりと殺されていることがわかる。もちろん、殺人はそれなりの罰を受けるわけだけれど、身分のちがいや状況によってはほとんど罪に問われない場合もあったようだ。喧嘩での殺しは逃げるが勝ちみたいなところもあって、殺人者が逃げおおせて若い頃の思い出としてそれを語っているような記事もある。そういった話を読んでいると、人間はけっこう簡単に殺人者になれるのかもしれないと思う。穏やかな老人に見えても、若い頃には血気盛んで相当危険なことをしていたのかもしれない。平和な世界の隣人も、社会の空気が変わればたちまち凶器を振り回すのかもしれない。そんなことには無縁だと思っている自分自身でさえ、そんな可能性がないと言い切れないのかもしれない。

 

たとえば、第二次世界大戦がどれほど残虐だったのか、平穏な時代を過ごしている私たちにはもうわからなくなっているのかもしれない。だが、私が子どもの頃にはまだまだその時代を生きた人がいくらでもふつうにいた。たとえば私の家の隣には、フィリピン戦線で闘った元兵士が住んでいた。非常に穏やかな人で子どもにも優しかったが、ときどき変な言動をする。「ちょっとおかしいから」というのが親の説明だったが、いまでいうPTSDというやつだったのだろう。その彼が、夕暮れ時に厳しい顔をして、銃剣で人を串刺しにする話をしていたのを覚えている。

そういう世界は、波風立たない日常のすぐ隣りにある。そしていったんスイッチが入ったら、人間は想像できないほどのことをする。大量殺戮の記録を読むと、よくそんなところまでと思うようなところまで殺すために探している。「草の根分けてでも」という表現は、決して過剰なものではない。もちろんそれでも逃げる方も必死だから、完全な皆殺しはできないことが多い。九死に一生を得るという表現は、だからそういう場面ではけっこう適切だ。多くが死ぬけれど、中にぽつりぽつりと生き延びる人がいる。

「幕末百話」の中でも、賊軍に参加して官軍の追討を受け、仲間の多くが死罪になる中を生き延びた人の話も出てくる。辻斬りの追跡をすんでのところで逃げ延びた人の話も出てくる。そういうのを読むと、人間の命は実に危ういのだなあと思う。そして、その危うさを握る側に立った人間がどれほど冷酷無比に行動できるのかを知って、肝を冷やす。

 

関東大震災の際に虐殺された朝鮮人の数、6000人が多すぎる推計でないかと言われている。いろいろ読んでみたら、確かに2000人ぐらいが妥当なような気もする。ただ、「6000人が多過ぎる」という主張の中に、当時東京に住んでいた朝鮮人の人数と比較して多すぎるというものがある。統計はあまり信用できないのだが、震災時点で東京には8千人から1万人程度の朝鮮人が在住していたようだ。関東全域だともう少し多い。にしても、その数に比較すれば、6000人は確かに多く感じる。「80%も殺せるはずがない」というのが、現代人の感覚だ。

実際のところは知らない。だが、人間、いったんスイッチが入ったら、その程度の虐殺はやってのける。「皆殺し」が正義という感覚になったら、本気で草の根を分けて探しだす。そういう状態になったときに、生き延びるのは「九死に一生」ぐらいの確率だ。そのぐらい、人間は効率的に仕事をする。特に、緊急時には大量に分泌されるアドレナリンのせいで、信じられないほどのことをやってしまう。

歴史を詳しく調べたわけではないので、関東大震災時の虐殺について何かを言うことは私にはできない。ただ、そのぐらいのことが可能かどうかということであれば、可能だといえるぐらいには人間を見てきた自負がある。そのぐらいには過去の歴史を学んできたと思っている。8000人のうち6000人を殺すことは、武器を持った正義漢が百人もいて、そして群衆がそれを消極的にでも支持していれば、十分に可能だろう。実際にそれがあったかどうかは別にして。

 

だから、私は自分自身に安心ができない。自分の中にも残虐性は眠っている。それが暴発しないように、常に自分を見張っていなければならないと思う。できるだろうか? わからない。

多くの人が、そうやって長い歴史を生きてきたのだと思う。わからなくても、やってみなければならないのだろうな。

熱い人に出会わない

これまでの人生で、何度も熱い人に出会ってきた。その多くはただ熱いだけ、暑苦しいだけの人だったが、なかには「この人は確かに情熱に見合った行動力がある」と思わせてくれる人もいた。何人かのそんな人の下で働くことができたのはラッキーだったと思う。

情熱と行動力のマグニチュードが最も大きかったのは宮本重吾氏だった。といってもこの名前でピンとくる人はほとんどいないだろう。長くなるので書かないが、社会を農業から変えようという途方もないビジョンをもっていたけれど、それがあまりに大きすぎたためにそのカケラも実現できなかった人だ。実現できない夢を現実のものにしようとするわけだから、ホラ吹きとかドン・キホーテとか、ひどいときには詐欺師呼ばわりまでされたこともあった。が、その情熱で結局だれもが「宮本さんならしかたないか」みたいに納得してしまっていた。昨今も田舎にいて夢物語をかたるブロガーが顰蹙を集めているようだが、似たような感じで宮本さんに騙された若い人々もけっこういた。まあ傍迷惑な人でもあったが、行動力も抜群で、だからこそあり得ない国政選挙への挑戦なども、ちゃんとやってのけた。自分が播いた種が百年後に芽を出すことを信じていた人だった。いや、やっぱり長くなりそうだ。やめとこ。

あるいは、ちょっと名前は出さないのだが、某ベンチャーの社長だったMさんも、行動力と情熱を兼ね備えた人だった。最終的には出口戦略に失敗してやはり多くの人を失望させたのだけれど、あそこまでVCを引っ張りまわしたのは立派といえば立派だった。それだけの行動力は、やはり正体不明のあの情熱の裏打ちがなければ続かないはずだ。それだけのものをもっていた人だった。

こういった人々のもとで、私はずいぶん勉強させてもらった。彼らは情熱があるだけに注文もムチャであることが多い。そういうムチャな注文に何らかのカタチをつけていくのはずいぶんと面白かった。私はもともと、自分が考えたこと、自分が手を下したことで何かが生まれたり何かが変わっていくのをみるのが好きだ。基本的にそういう仕事を選んでやってきたようなところがある。熱い人々との仕事は、クリエイティブな衝動を十分に刺激してくれるものだった。

翻訳のような職人仕事が好きなのも、それまでそこになかった文書ができていくのをみるのが好きなのであって、決して作業そのものが好きなわけではない。生来のズボラであって、できるなら縦のものを横にしたくもない。それでも横書きの英文を縦書きの和文に変えていく作業は、そこに新たなものが生まれるから仕事としてたいせつにしてきた。Web時代以前に長く続けた編集屋も、同じ意味で自分の仕事だった。自分の頭の中だけにあった本が形になるのは快感だった。いま、収入の中に家庭教師の比率が大きくなってきているけれど、これも自分が働きかけることでひとが変わっていく、その過程をみることができる仕事だ。成長期の子どもたちは、数ヶ月単位で大きく変わる。そして、これらの仕事の間にいくつか挟まるさまざまな仕事も、やはり物事が生まれること、変わることを実感させてくれるものばかりだった。少なくとも、雑多な仕事たちの中のそういう側面に頼ることで、私はなんとか生きてくることができた。

 

ただ、そういった職人仕事を一人で続けていると、「そろそろ次のステップに」と感じる時期がやってくる。私はおそらく、本当の意味での職人ではない。職人であればひとつの分野を極めてくのだけれど、私の場合、ある分野で少しものが見え始めてくると、その周辺のことが気になり始める。職人仕事は自分の視野を広めてくれるから、どうしてもそこで終わらない。次の段階へと進みたくなってくる。

そんなとき、頼りになるのが熱い人だ。こちらの専門分野なんかはお構いなしに、能力のギリギリのところまで要求してくる。そこに応えようとすることで、自ずと新しい境地に進むことができる。学習参考書という狭い分野でしか編集の経験がなかった私をもっと広い本づくりの世界に進ませてくれたのは宮本重吾さんだったし、若い頃に中断していた文芸翻訳の仕事を実務翻訳の世界で再開させてくれたのはベンチャーのMさんだった。熱い人たちは、私にとっても必要な人たちだった。

 

そしてこのごろ、思う。ここしばらく、熱い人に出会わない。そろそろ次に進みたいような気がする。だけど、熱い人があらわれない。

他力本願はいけないのかもしれない。けれど、熱い人たちだって、ひとりではやっていけないのだ。熱い人たちは、明らかに私の能力を必要としていた。そして私はその能力を提供することで、成長の機会を得た。一種の共利的関係だ。だから私は望んでしまう。

 

そろそろ、熱い人に出会いたいな。